提灯の灯に汗ばむ素肌

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灯る提灯と、いつもの二人分

すりガラスの引き戸を開けると、隅の座敷はいつもの匂いがした。木の香りと、微かな出汁の匂い、そして天井から下がる提灯が畳に落とす橙色の光。真夏の湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく中、彼女は靴を脱いで座敷に上がった。

「遅かったね」

奥の座卓で先に待っていた彼が、顔を上げて笑う。テーブルの上には、いつもと同じ組み合わせ、冷奴と梅酒が置かれていた。彼女が来る前に注文を済ませておくのは、この店に通い始めてからの彼の癖だ。

「駅を出たところで、急に降られて。サンダルの中まで濡れちゃった」

言いながら座卓につくと、彼はふっと目を細めた。

「二年前と同じだな」

その一言に、彼女の頬が緩む。二年前の夏、初めてこの店に来た日も、同じように夕立に降られて、二人ともずぶ濡れで暖簾をくぐったのだった。あの日は互いにまだ名字で呼び合っていて、座卓を挟んだ距離感も今よりずっと遠かった。今も同じ座敷、同じテーブルを挟んで向かい合っているだけなのに、あの日とは比べ物にならないほど近くにいるように感じられる。

彼は彼女の濡れたサンダルの爪先に視線を落とすと、傍らに畳んであった手ぬぐいを差し出した。

「拭きな。風邪ひくよ」

「大袈裟だなあ、この程度」

「大袈裟なくらいがちょうどいいんだよ、お前には」

軽口に紛れた気遣いは、この二年で数え切れないほど交わしてきたやり取りだった。彼女がまだこの人の前で気を張っていた頃を、今ではすっかり忘れてしまうくらいに。

手ぬぐいで足先を拭う彼女を眺めながら、彼は徳利に残った酒をそのぐい呑みに注いだ。琥珀色の梅酒が、提灯の明かりを受けてゆらゆらと揺れる。彼が彼女の手首をそっと掴み、脈打つ血管の鼓動を確かめるように親指を這わせた。何気ない仕草のはずなのに、今夜はやけに長くその肌に留まっている。灯りに照らされた彼の瞳が、いつもより甘さを帯びて彼女を見つめていた。

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積もった夜を、指先でなぞる

「今日、ずっと機嫌よさそうだったな」

彼の指摘に、彼女は思わず視線を逸らし、無意識に耳たぶへ手を伸ばしかけた。実は、昼間に彼から届いた何気ない一言を、電車の中で何度も読み返していたのだ。伝えれば揶揄われるとわかっていて、彼女は誤魔化すように梅酒のぐい呑みに口をつけた。

「隠しても無駄だぞ。照れると耳たぶを触る癖、とっくに覚えた」

図星を指され、彼女は伸ばしかけていた手を止めた。彼はそんな反応を愛おしそうに見つめ、座卓を回り込んでその隣に腰を下ろす。

「今日、何かあった?」

「別に。ただ……」

言葉を濁す彼女の頬に、彼の手が伸びる。冷えた酒で湿った指先が、火照った肌にひやりと触れた。

「ただ?」

「一緒にいられる時間が、増えるなって」

来月から彼の部署異動が決まり、遅い残業が減ること、平日の夜も二人で過ごせるようになることを、彼女は昼間のメッセージで初めて知らされたのだった。素直に言葉にできず遠回しな言い方になったが、彼にはそれで十分に伝わったらしい。

「そんなことか」

笑いながら、彼は彼女の頬を包み込んだ手に力を込め、顔を近づけてくる。

「もっと早く言えばよかったのに」

囁きと共に、唇が重なった。彼の舌がその隙間を割って入り込むと、彼女の背筋を這い上がる痺れが走る。座敷の隅、他の客の声も遠くに感じるほど、二人だけの気配が濃くなっていった。彼の指が彼女の襟元のボタンを一つずつ外していく感触とともに、緩んだ布地が片方の肩からずり落ちる。露わになった肌に口付けが落とされ、彼女は小さく息を漏らした。

「んっ……」

「声、我慢しなくていい。この個室、隣までは聞こえないから」

安心させるような声に、彼女の身体から余計な力が抜けていく。彼は彼女の背に腕を回すと、上着のボタンを一つずつ外していく感触が指先に伝わった。最後のボタンが外れると、薄布は肩から滑り落ち、畳の上に静かに広がる。彼の視線が、あらわになった肩や首筋を隅々まで辿った。

「今夜も、目が離せないな」

「毎回同じこと言う」

「毎回、本当にそう思うから仕方ない」

軽口を交わしながらも、彼の指先は彼女の腰のラインをなぞり、脇腹から背中へと這い上がっていく。二年前には知らなかったその身体を、彼はこの歳月の中で少しずつ覚えてきた。どこに触れれば声を漏らすか、どこを避ければくすぐったがって笑うか。互いのすべてを知り尽くしているはずなのに、今夜もまた新しい表情を見つけたくて、彼は肌に唇を滑らせていく。

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重なる熱と、教え合った躰

彼は彼女の身体を支えながら、座布団の上に横たえた。頭上では提灯が微かに揺れ、その灯りが白い肌に橙色の陰影を刻んでいく。背に回した手が下着の留め具を外すと、上半身を覆っていた最後の一枚がするりと剥ぎ取られた。露わになった胸の膨らみに指を這わせると、彼女は堪えきれずに背を反らせた。

「あ……っ」

「二年前は、ここに触れるだけで固まっていたな」

「言わないでよ、そういうの……」

「今は、こんなに柔らかくほどけてる」

彼の指が乳首の先端を捉え、円を描くように撫でる。同時に反対の手が下着の縁をなぞると、彼女の腰がびくりと震えた。彼はその反応を一つひとつ確かめながら、残りの布地を脱がせていく。彼女の秘所は、すでにしっとりと愛液に潤んでいた。

「や……そんな、じっくり見ないで……」

羞恥に身をよじる彼女をよそに、彼は指を一本、浅く沈めた。長い時間をかけて覚えてきた地点を、迷いなく探り当てていく。奥の少し上、声を上げやすい箇所を指の腹で撫でると、彼女の腰が浮き上がった。

「んあっ……そこ……」

「覚えてるよ、ちゃんと」

短く答えると、彼は指を二本に増やし、奥へと沈めていく。彼女の中はすぐに指を締め付け、愛液が混じる濡れた音が座敷に小さく響いた。彼女の膝が震え、爪先が畳を掻く。彼はその反応を見届けるとゆっくりと指を抜き、自身の衣服を緩めた。

彼は熱を帯びたものを、彼女の入り口にそっと押し当てた。

「いい?」

「うん……来て」

短いやり取りの後、彼は腰を沈めていった。圧迫感に彼女が小さく息を詰めると、彼は動きを止め、彼女の頬に唇を落とす。

「痛かったら言えよ」

「平気……ただ、久しぶりだから、少し……」

「焦らなくていい。合わせるから」

言葉通り、彼は浅い律動から始めた。彼女の身体が彼の熱に馴染んでいくのを確かめながら、腰の動きを少しずつ深くしていく。座敷に響く衣擦れの音と、二人の呼吸だけが、湿った夏の夜気に溶けていった。

「あっ、あぁ……」

彼が奥まで沈み込むたびに、彼女の背が弓なりに反る。積み重ねてきた夜の分だけ、互いの呼吸の合わせ方も、快感の高め方も、少しずつ二人だけの形になっていた。彼は彼女の腰を抱え直し、律動を強めていく。

「今日は、いつもよりきついな……」

「知らない……そんなの、言われても……」

掠れた声で答える彼女に、彼は笑みを浮かべながら、さらに奥へと腰を打ち付けた。座卓の脚がわずかに軋み、冷奴の器がことりと揺れる。快感に染まっていく彼女の表情を、彼は間近で見つめ続けた。

「顔、見せて」

「やだ……恥ずかしい……」

「二年見てきても、まだ足りないんだよ」

その言葉に応えるように、彼女は薄く目を開けて彼を見上げた。視線が絡んだ瞬間、二人の律動が重なり合うように速くなっていく。

「あ、もう……」

「一緒に、いくか」

「うん……っ」

彼が最後にひときわ深く腰を沈めた瞬間、彼女の頭の芯が甘く痺れていった。全身に広がる快感に、彼女はきつく相手の背に指を這わせる。彼もまた低く息を詰め、彼女の奥で熱い精液を解き放った。

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灯が消えても、残るぬくもり

余韻に浸りながら、彼女は彼の腕の中で乱れた息を整えていた。薄く開いたままの引き戸の隙間から吹き込む夜風が、汗ばんだ肌に心地よく触れる。彼が彼女の額に張り付いた前髪をかき上げ、乱れた息遣いをなだめるように背中を撫でた。

「無理、させたか」

「ううん……ちょっと、力が抜けちゃっただけ」

彼女は小さく笑い、彼の胸に頬を寄せた。心臓の音がまだ速く、腕の中に伝わる彼の鼓動と重なって聞こえる。冷奴の器も梅酒の徳利も、いつの間にか座卓の隅に追いやられていた。

彼女はふと身を起こすと、隅に丸まっていたさっきの手ぬぐいに手を伸ばし、汗ばんだ彼の首筋にそっと押し当てた。

「今度は、私が拭いてあげる」

「大袈裟だなあ、この程度」

さっきの自分の台詞をそのまま返され、彼女は思わず噴き出した。彼もつられて笑い、彼女の髪を撫でる。

「さっき言ってた異動の話だけど」

不意に彼が切り出した。

「うん」

「来月からは、平日の夜もこうして会える。だから、ひとつ提案があるんだ」

「何?」

「この店で毎年、この座敷に座る。それを、二人の記念日ってことにしないか」

思いがけない提案に、彼女は目を丸くした。二年前、夕立に降られて偶然飛び込んだこの店が、いつの間にか二人にとって特別な場所になっていたことを、彼も同じように感じていたのだ。

「いいの? そんな、ちゃんとした記念日じゃなくて」

「ちゃんとしてるかどうかは、俺たちが決めることだろ」

事も無げに言う彼の言葉に、彼女は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。飾らない提案の中に、彼がこれまで積み重ねてきた想いの重さが滲んでいる。

「じゃあ、来年もここで」

「再来年も、その先も」

彼女は小さく頷き、彼の胸にもう一度顔をうずめた。引き戸の向こう、夏の夜風が通りを渡っていく音が、遠くから聞こえてくる。提灯の灯だけが、二人を静かに照らし続けていた。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

「二人の関係性の積み重ね」を可視化することを、今回いちばん大切にしました。単に『交際二年目』と書くのではなく、二年前の夕立の夜に飛び込んだ同じ居酒屋、彼が先に頼んでおく冷奴と梅酒、彼女の耳たぶを触る癖まで見抜いている親密さなど、具体的なディテールの積み重ねで『長く一緒にいる二人』の空気を描こうと試みました。 恋人同士だからこそ生まれる、気安さと甘さが入り混じった空気を大切に描きました。二年前の記憶が、物語の終盤で「記念日にしよう」という提案として回収される構成にすることで、一夜の情事だけでなく、これからも続いていく二人の時間を感じていただけたらと思います。 提灯の灯りが揺れる個室の中、汗ばむ夏の夜気とともに、積み重ねてきた信頼が確かな熱に変わっていく様子を綴りました。読んでいただきありがとうございました。

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