超音波室に残る冷たいジェルと熱い吐息

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ホワイトボードの数字に燻る、譲れない意地

静寂が重厚なカーテンのように部屋を包んでいる。日中は稼働音と話し声で忙しないエコー室も、日付が変わる頃には医療機器のかすかな作動音だけが息をしているように響いていた。中央の施術台には、夕方の点検で消毒を終えたシーツが敷かれ、乾いた清潔さだけが白く際立っている。窓の外を流れる街の灯りが硝子越しに滲み、暗い室内にわずかな青みを落としていた。

配属されて以来、検査件数を書き込む休憩室のホワイトボードは、いつも彼と彼女の名前だけが上位を奪い合ってきた。所見を見落とした側がコーヒーを奢る、というだけの決まりごとが、いつの間にか二人だけの合図になっていた。忘れられないのは、配属されたばかりの頃、並んで担当した症例で胎児の心音がなかなか拾えず、彼女の指が震えていたときのことだ。彼はモニターを覗き込みながら、プローブを持つ彼女の手に自分の手を重ね、角度だけを直した。あの晩、二人でようやく拍動を捉えた瞬間の安堵は、今でも言葉にしないまま胸の奥にしまってある。

今夜、彼女は資格試験の結果でようやく彼を一歩だけ上回った。祝いの席で浴びるように注がれた酒の火照りが、まだ頬の奥に残っている。

居酒屋を出た帰り道、彼女は置き忘れたIDカードを取りにエコー室へ寄ると言い出した。同じ方向だから、と彼が当然のようについてくる。誰もいない廊下の静けさが、二人の間に残っていた冗談の熱を急にすり替えていった。エコー室のドアを抜けると、彼女は明かりをつけないまま、迷いのない足取りで奥の施術台へと進んだ。

「今日ぐらい、素直に負けを認めたらどう?」

酔いに任せた挑発だとわかっていながら、彼女は自分の声に確かな意志が滲んでいるのを感じていた。

彼は片眉を上げ、施術台の縁に手をかける。

「口だけの検査技師だと思ってるなら、今から証明してやるよ」

言い終えるより早く、彼女は自分から施術台に上がっていた。ためらいはなかった。

「少し、仰向けになってくれ」

命令ではなく、懇願に近い声だった。彼女は施術台に体を預ける。彼がブラウスの裾を捲り上げ、下腹をあらわにした。冷えた空気に、肌が心持ち強張った。

手袋をはめた彼の指先が、冷たいジェルを彼女の下腹に落とす。ぬるりと広がる感触に、彼女は小さく肩を竦めた。プローブが滑らかに這うと、モニターに白黒の陰影が揺れて映る。仕事中と変わらない丁寧な手つきなのに、画面を追う彼の視線だけが今夜はどこか執拗だった。

「……顔、赤いな」

からかうような声に、彼女は視線を逸らした。

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脈を数える指先の行方

「気のせい」

強がった声は、自分でも情けないくらい掠れていた。

彼は小さく笑うと、プローブを置いた手で彼女の手首を軽く持ち上げる。かつて震えていたのと同じその手を、今度は自分の口元へ引き寄せ、脈の上に唇を押し当てた。

「今日は震えてないな」

くぐもった声が肌の上で響く。彼女は小さく息を詰め、彼の視線から逃れるように顔を背けた。

「……ずるい。そんな触り方」

「そっちが煽ったんだろ」

彼の膝が彼女の太ももの間に割り込み、体温が布越しに伝わってくる。彼の指がブラウスのボタンを上から一つずつ外していく。最後のボタンが外れると同時に、彼はもう一方の手でブラの前ホックをつまみ、カチリと小さな音を立てて外した。あらわになった胸のふくらみに、彼の唇が触れる。

「んっ……」

零れた声に、彼女自身が驚いた。仕事中には絶対に見せない声だと分かっているのに、止められない。彼はスカートのホックを外し、するりと引き下ろす。彼女の腰から下着を引き下ろす手つきに、迷いはなかった。

彼の吐息が、耳元でひときわ荒くなった。

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施術台に響く二人分の律動

彼自身もベルトを外し、性急な仕草でスラックスを寛げる。彼のものが入り口にあてがわれると、彼女は思わず彼のシャツの背を掴んだ。

「動くよ」

短い一言だけを残し、ゆっくりと腰を沈められる。狭い場所がじわりとひらいていく感覚に、彼女は声を殺した。彼は止まらずに小刻みな律動を刻み始める。施術台がかすかに軋み、水音が静かな室内に混じっていった。

「あ……っ、待って、そんなに強く……」

「待たない。今日だけは、意地を張るなよ」

律動が速まると、彼は彼女の片方の手首を掴んで頭上へ縫い止め、モニターに揺れる白黒の光を一瞥してから彼女の目を覗き込んだ。

「見てろ、お前の脈より速く動いてる」

軽口のはずなのに、声には余裕がない。彼女は空いた手でシーツの端を握りしめ、深く貫かれるたびに頭の芯が甘く痺れていく。最後にひときわ強く穿たれた瞬間、彼女は彼の肩口に顔を埋め、声にならない声を漏らした。

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冷めたジェルと温まる記憶

高鳴りが凪いでいくと、まだ夜の重さだけが部屋に残っていた。彼が腰を引くと、二人を繋いでいたものがほどけていく。彼女はそのまま施術台に体を預け、荒い息を整えていた。彼の掌が彼女の後頭部をそっと支え、仰向けのままの体をゆっくりと抱き寄せる。冷めたジェルの感触が下腹にじんわりと残っているのに、彼の体温だけがそれよりずっと熱かった。

「次の当番も、隣で張り合ってくれるか」

彼はにやりと笑いながら尋ねる。減らず口はまだ健在らしい。彼女は彼の胸に額を押し当て、小さく笑った。

「今度は……コーヒー、奢らせてあげる。私の勝ちなんだから」

軽口の応酬のはずが、声にはいつもと違う柔らかさが滲んでいた。ホワイトボードの数字を競い合ってきた日々の先に、こんな夜が待っているとは想像していなかった。それでも、プローブ越しに拍動を分け合ったあの夜からずっと、彼にだけ見せてきた弱さを、今また同じ手が受け止めてくれている。そう思うと、負けず嫌いだったはずの意地が、驚くほど素直に溶けていくのがわかった。

彼は俯き、彼女の額に唇を落とす。キスは性急だったさっきまでとは違い、確かめるように優しかった。モニターにはまだ白黒の光が揺れ、二人の夜を静かに映し続けている。冷めたジェルの匂いが残る肌に、彼の温かい吐息だけが、いつまでも降り注いでいた。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

医療現場という張り詰めた空気感の中で、ライバル同士が火花を散らす関係性に惹かれて執筆しました。特にエコー室という密室の静寂と、医療機器が発する無機質な音が、二人の高揚感をより際立たせるのではないかと考えました。 こだわったのは、仕事道具であるプローブやジェルの冷たさと、肌の熱との対比です。かつて心音を拾えずに震えていた指先が、今度は快楽に震えるという対比を盛り込むことで、二人の関係性の変化を描きたいと思いました。また、「脈拍」という医療従事者ならではの視点を、情熱的なやり取りに組み込んだ点に心血を注ぎました。 意地っ張りな二人が、言葉ではなく身体で互いの譲れない想いをぶつけ合う様子を丁寧に綴ったつもりです。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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