書斎の薄明かりに滲む届かない距離

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忘れ物と、消えない灯り

夏の湿った空気が、閉め切られた窓の外にまだ揺蕩っていた。披露宴会場から実家へ戻ってきたばかりだというのに、実家特有の畳と古い本の匂いが染み付いたこの書斎は、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。誰かがつけたままにしたデスクの読書灯だけが、橙色の光を静かに落としていた。彼女は忘れていったクラッチバッグを捜しながら、木製デスクの上に置かれたままのプロジェクターへ目をやった。さっきまで披露宴の余興で流れていた、幼い頃からの写真のスライドショー。その電源コードだけが、使われないまま床に力なく垂れていた。

「まだ帰ってなかったのか」

低い声に振り返ると、ソファに深く腰掛けた彼がいた。妹の結婚式で着たグレーのスーツの上着だけを脱ぎ、シャツの袖を無造作にまくっている。彼女が幼い頃からずっと「お兄ちゃん」と呼んできた、親友の四つ年上の兄だ。

「バッグ、忘れて……。すぐ帰るから」

「そんなに急がなくていい。もうタクシーも捕まらない時間だ」

うながされるまま、彼女は彼の隣ではなく、向かいの椅子に浅く腰を下ろし、膝の上で両手を握りしめた。デスクの端には、今日のスライドショーのために誰かが選んで飾った写真立てがそのまま残っている。中学三年の夏、模試の結果に泣いていた自分の隣で、参考書を開いて座る彼の姿。受験に苦しむたびにこの部屋へ呼んでくれて、隣に座って解き方を教えてくれたのは彼だった。妹の親友でしかなかったはずの自分が、気づけばこの家に居場所をもらっていた。

「さっきのスライド、見た? 中三の時の、私が泣いてる写真」

「見たよ。俺は好きだったな、あの写真」

彼はくすりと笑った。「お前が一番、素直だった頃だ」

その一言に、彼女の心臓が跳ねた。何気ない口調のはずなのに、今夜だけはやけに重く響く。

窓の外から、遠くで打ち上げ花火が爆ぜるような、微かな音が届いた気がした。去年の夏、二人だけで川辺の花火を見た夜を思い出す。冷えてきた肩に、何も言わずに上着をかけてくれた彼。指先が首筋をかすめた感触を、彼女はまだ覚えていた。「親友の兄」という肩書きの重さを、越えられたらと初めて思ったのは、あの夜だった。

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彼の「妹の親友」を卒業する夜

「飲みすぎたか? 顔、赤いぞ」

彼の手が伸びてきて、彼女の前髪をそっと払った。冷房の効いた部屋のはずなのに、触れられた場所だけがじんと熱を持つ。

「そんなに飲んでない……たぶん」

正直に言えば、酔っているのはアルコールのせいだけではなかった。彼のスピーチで語られた「大切な人を、ちゃんと大事にできる人間になりたい」という言葉が、ずっと胸の奥に引っかかっている。妹に向けた言葉のはずなのに、どうしても自分に重ねずにいられなかった。

「なあ」と彼が静かに言った。「今日、披露宴のあいだずっと、こっち見てただろ」

隠しきれなかった。頬が熱くなるのを感じながら、彼女は視線を逸らせなかった。

「……見てた。ごめん」

「謝ることないだろ」

彼はソファから立ち上がり、彼女の前に膝をついた。目線が同じ高さになった瞬間、彼女は自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。

「あの受験の夏から、ずっと妹の親友って顔してお前を見てきた」

彼の指先が、彼女の頬にそっと触れた。

「それだけじゃ、もう足りないって認めてもいいか」

言葉より先に、彼の唇が重なった。

戸惑う間もなく、舌先が上唇の輪郭をなぞり、ゆっくりと奥へ滑り込んでくる。柔らかく、けれど確かな圧力。彼女は目を閉じたまま、彼の熱い吐息を受け止めた。何年も抑え続けてきた鼓動が、堰を切ったように早鐘を打ち始める。

「ん……」

小さく漏れた声が、書斎の静寂を裂いた。彼女は無意識のうちに彼のシャツを掴んでいた。それが合図になったのか、彼は彼女の腰へ手を回し、静かにソファへ導く。座面が沈み込み、隣に腰掛けた彼の重みに、これが夢ではないのだと実感した。

「今更だけど、いいのか」と彼が囁く。「妹の親友に、こんなこと」

「いい」と彼女は即答した。「もうずっと、こうなりたかった」

その言葉に彼は目を細め、彼女の背中に手を回してブライズメイドドレスのファスナーを静かに下げていった。布地が肩から滑り落ち、素肌に夜の冷房の空気が触れる。

「ずいぶん、綺麗になったな」

指先で肩の輪郭をなぞられ、彼女は小さく身をすくめた。恥ずかしさよりも、彼にようやく見てもらえているという喜びのほうが大きかった。

焦れったさの果てに、名前を呼ばれて

背中に回った彼の手がブラのホックを外すと、そのまま脇腹を這うように前へ滑り、胸の膨らみをやわらかく包み込んだ。

「あ……っ」

指先で頂を挟まれ、軽く転がされる。硬くなっていく感触を確かめると、彼は緩んだドレスを腰から引き抜き、下着だけの姿にした彼女をソファに横たえた。彼の口づけがじわりと下へ移動していった。腹の上を舌先でなぞられ、恥骨の辺りで一度止まる。

「ごめんな、少し意地悪する」

笑みを含んだ声とともに、彼はショーツの縁に指をかけ、脚を抜けさせながら丁寧に引き去った。冷えた空気に触れた素肌が小さく震える。彼はそれを宥めるように、太ももの内側へ口づけを落としていく。

「んっ……そこ、待って」

「待たない。ずっと待たされたのは、こっちだから」

そう言うと、彼は迷いなく顔を寄せ、最も敏感な場所に唇を這わせた。温かく湿った感触に、彼女は腰を浮かせる。

「や……あぁっ」

舌先が入り口を丁寧になぞり、時折奥へと沈み込む。彼女の指は無意識に彼の髪へ絡みつき、頭を強く引き寄せていた。溢れる蜜を舐め取りながら、彼はもう一方の手の指をそっと沈めていく。

「んあ……っ、指、そんな……」

内側を優しく押し広げるように動く指先。彼女が声を上げるたびに、彼はその反応を確かめるように角度を変えていく。腰の奥から込み上げる甘い痺れが、次第に大きなうねりへと変わっていった。

「もう……無理、そこ……」

「達っていいよ。俺しか見てないから」

その声に合わせて、彼の舌と指が呼吸を合わせて動きを速める。彼女はソファの座面に指を強く食い込ませ、背を反らしながら小さく達した。荒い呼吸の合間に、頬が上気しているのが自分でもわかる。

息を整える間もなく、彼は身を起こし、彼女の膝を優しく開いて腰を寄せた。

「入るぞ」

熱いものが入り口に押し当てられる。彼はゆっくりと、彼女の反応を確かめながら腰を進めていった。圧迫感に彼女は小さく息を詰めたが、痛みよりも、長年待ち望んだものが満たされていく感覚のほうが強かった。

「んっ……ふぅ……」

「大丈夫か」

「大丈夫……もっと、奥まで来て」

その言葉に応えるように、彼は深く腰を沈め、しばらく動きを止めて彼女を抱きしめた。肌と肌が密着し、互いの鼓動が重なって伝わってくる。それから、ゆっくりとしたリズムで腰を揺らし始めた。

「あ……あっ……」

最初は控えめだった律動が、次第に深く、確かなものへと変わっていく。ぶつかり合う吐息と、絡み合う視線。彼女は彼の背中に腕を回し、揺れるたびに込み上げる快感を素直に声に出した。

「名前、呼んで」と彼女は掠れた声でねだった。

彼は彼女の名を、噛みしめるように呼んだ。その響きだけで、胸の奥が甘く痺れる。律動が最後に大きくうねった瞬間、彼女は彼の背に強く爪を立て、全身を震わせながら高みへ駆け上がる。頬を伝う涙は、痛みではなく、長年抑えてきたものがようやくほどけた証だった。彼も同時に息を詰め、彼女を強く抱きしめたまま最後の熱を放った。

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薄明かりの中で結ばれた約束

激しい呼吸が落ち着いた後も、彼は彼女を抱きしめたまま離さなかった。窓の外はすっかり夕闇に沈み、書斎には薄明かりだけが残っている。

「『妹の親友』はもう、今夜で卒業だ」

汗ばんだ額に口づけを落としながら、彼が笑った。彼女はその胸に頬を寄せ、小さく笑い返す。

「今更すぎるくらい、遅かったよ」

「そうだな。十年分、待たせた」

彼は乱れた前髪を優しく整えながら、彼女の頬に残る涙の跡を指先で拭った。

「今日、妹に聞かれたよ。次はお前の番かって」

彼女は視線を上げた。「なんて答えたの」

「まだわからないって言った」と彼は真顔で答え、それから小さく笑う。「でも、心の中じゃ、ずっと相手は決まってるって思ってた」

彼のその一言に、彼女の目の奥が熱くなった。膝の上で握りしめていた両手を解き、代わりに彼の手を握る。

「私も、同じこと考えてた」

彼は彼女のつぶやきに目を見開き、やんわりとした笑みを浮かべた。抱きしめる腕の力が、さっきよりも少しだけ強くなっていることを、彼女は確かな重みとして感じていた。

その腕の中から、デスクの端に飾られたままの写真立てがふと目に入る。中学三年、泣き顔で写った自分の隣で、あの頃と同じ横顔の彼が笑っている。あの日隣にいてくれた人が、今も変わらず隣にいる。それだけで、また涙腺が緩みそうになった。

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この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

「親友の兄」「妹の親友」という、便利だけれど身動きの取れないレッテルを、十年かけてようやく脱ぎ捨てる二人を書きたくて生まれた物語です。 中学三年の受験期に隣で参考書を開いてくれた記憶、花火大会で肩にかけられた上着の温もり。ひとつひとつは小さな出来事でも、積み重なれば確かな重みになる。そのことを、デスクの端に飾られたままの、あの泣き顔の写真立てに託しました。冒頭で彼女が見つめていた写真が、物語の最後にもう一度姿を見せることで、二人が過ごしてきた時間がひと続きだったのだと感じてもらえたら嬉しいです。 「卒業」という言葉も、意識して選びました。積み重ねてきた関係そのものを終わらせるのではなく、そこに貼られたレッテルだけを卒業して、その先にある関係へ進んでいく。妹の結婚式という、誰かの門出を祝う夜に、もうひとつ小さな門出が重なる。そんな構成を大切にしました。 読んでいただき、ありがとうございました。

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