
水槽の静寂に灯る火照り
水槽の静寂に灯る火照り
コンクリートの床に反響する水滴の音。水族館バックヤード特有の、重く湿った空気が鼻先をゆっくりと満たしていく。蛍光灯は落とされ、非常灯の淡い光だけが視界を柔らかく霞ませていた。閉館後の見回りを終え、二人きりになったところだった。
背後から伸びてきた蒼の腕が、汐里の肩を包み込む。
「まだ怒ってる?」
さっきまでの言い合いの名残でこわばっていた指先の力が、触れた瞬間にふっと抜けた。
「怒ってない。呆れてるだけ」
「朝の餌やり、黙って代わってたこと?」
「うん。……いつからやってたの、それ」
答えの代わりに、腕にわずかな力がこもる。二年前、後輩として配属されてきた蒼に魚の給餌手順を教えたのは汐里の方だった。あの頃はまだ、彼に妻がいることも、自分がその一線を越えることになるとも、思ってもいなかった。水槽越しに数を数え間違えては頭を下げていた男が、今では彼女の分の餌まで先に量り、汐里にさえ気づかれないよう桶を運んでいる。今朝、早く出勤した汐里がその現場を目撃し、ちょっとした言い合いになった。
「重いもの、持たせたくなかった」
「まだ五ヶ月なのに」
「五ヶ月だから」
短い返事に滲む頑なさに、汐里は小さく息を吐いた。妊娠を告げてから、蒼は目に見えて過保護になっている。蒼の妻はもちろん、職場の誰にも知られてはいけない秘密だった。誰にも悟られないよう、小さな仕事を一つずつ肩代わりしていく不器用なやり方が、腹立たしくもあり、どうしようもなく愛おしくもあった。
「……ごめん。心配してくれてたの、ちゃんと分かってる」
「わかってるなら、今夜だけは大人しくしてて」
肩に置かれていた手が、前に回り込む。丸みを帯びたお腹に、彼はいつも真っ先に触れたがった。そのまま体を支えるようにして、蒼は汐里を近くの丸椅子へ促した。

隠しきれない疼きを辿る指先
背もたれのない丸椅子に汐里が腰を下ろすと、正面に立った蒼が身をかがめ、彼女の両膝に手をかけて左右へひらいた。衣擦れさえ、しんとしたバックヤードでは大きく響く。
「大きくなったね、ここも」
低い声で囁かれながら、胸元に手を滑らされる。仕事中はきつく感じるほど張ってきた胸が、彼の手の中でどうしようもなく重い。彼の唇が谷間に寄せられ、吸い付くような感触に彼女の乳首が芯を帯びて硬くなるのが分かった。
「んっ……」
汐里が腰を浮かせると、ズボンをおろされ、冷えた空気に太腿が晒される。彼の視線が下腹をゆっくりと通り過ぎ、脚の間へと落ちていった。
「疲れてた?」
「うん……水槽の掃除してる時も、いつもより体が重くて」
その言葉に、蒼の瞳がわずかに翳る。彼は内腿の付け根から丁寧に指を這わせ、下着の縁を指先でずらすと、そこはすでに潤みを帯びていた。
「あぁ……」
湿った息が漏れる。彼の指が割れ目をなぞり、敏感になった襞を辿るたび、脚から力が抜けていった。
「もっと触っていい?」
「んん……蒼の、好きにして」
二本の指が沈み込むと、狭い入り口が押し広げられ、奥へと誘われる感覚が走る。子宮に近いところを軽く押されると、甘い疼きが下腹の奥から広がっていく。
「んっ……そこ……」
指を三本目に増やし、蒼はゆっくりと回すように動かす。ぬちゃりとした音が密やかにバックヤードに響き、汐里の体温が上がっていく。
「見ててもいい? こんなに濡れてるとこ」
「だめ……恥ずかしい……でも、気持ちいい」
蒼はうなずくと、ゆっくりと指を引き抜き、身を起こして彼女の腰をぐいと引き寄せた。そのまま、熱く硬いものを入り口に押し当てる。先端はすでに滲んだ蜜で光っている。
「挿れるよ」
「あ……っ、待っ……」
言い終わる前に、彼のものが入り口を押し広げていく。狭い場所がじわりと広がり、そのまま奥まで沈んでいった。
「はぁ……っ」
満たされる感覚に、背が反る。彼女の豊かな尻を掴まれると、より深いところまで届いているのが分かった。
「痛くない?」
「平気……もっと、来て」
囁きながら、蒼は腰を打ちつけ始める。重たい振動のたび、丸みを帯びたお腹がわずかに揺れ、彼のものを受け止めている実感が全身に広がっていく。

静寂に沈む二人だけの体温
「んっ……ふ……」
呼吸が乱れ、汐里の手が蒼の肩に爪を立てる。二人のリズムが揃い、じゅわりと音を立てながら肌がぶつかり合う。
「奥、当たってる……さっきの、ここ」
指で辿られたのと同じ場所を、今度は熱い脈動が直接刺激する。
「んあっ……もっと、深く」
戸惑いは既に消えていた。汐里は自分から腰を押し上げ、追いかけるように蒼も動きを強めていく。水槽の底に沈んだような密やかな空間で、二人だけの音が響いていった。
「怒って、悪かった」
「ん……今は、それより」
言葉にならない感情が、荒い息の合間から溢れ出す。最後の一突きが最奥まで届いた瞬間、淡い非常灯の光が涙ににじんで大きく揺れた。
「あぁ……っ」
震えとともに、体の奥から熱いものがこみ上げる。同時に蒼のものも果て、放たれた温もりが奥深くを満たしていった。
心地よい沈黙が戻ると、蒼はゆっくりと腰を引き、汐里を抱き寄せた。震える体を預けるように、汐里は彼の胸に顔を埋める。
「重かったよな」
「ううん……ちょうどよかった」
お腹に添えられた掌の重みに、汐里はふっと笑った。それから、ずっと避けてきた言葉を、初めて口にする。
「ねえ。……いつまで、こうしてるつもり?」
蒼の腕に、痛いくらいの力がこもった。
「終わらせる。ちゃんと」
「本当に?」
「今日、隠れて餌をやったのだって、お前に無理させたくなかったからだけじゃない。……ちゃんと隠さず、堂々とそれをやりたかったからだ」
汐里の目に涙が滲む。蒼はその目元に唇を寄せ、囁いた。
「もう誰にも隠さない。お前と、この子だけが俺の家族だ」
窓の外から差し込む月明かりが、身を寄せ合う二人をやわらかく包んでいた。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
おすすめアイテム【PR】
※アフィリエイトリンクを含みます。
作者より月森 潤

水族館のバックヤードという、賑わう表舞台から切り離された空間を舞台に選びました。二年前、後輩として配属されてきた蒼にはすでに妻がいて、教える立場だったはずの汐里との距離が、いつからか越えてはいけない一線を越えていた、というところから物語を組み立てています。 誰にも打ち明けられない妊娠を抱えながらも、蒼が誰にも気づかれないよう小さな仕事を肩代わりしていく不器用な優しさに、汐里の苛立ちと愛おしさが同時に募っていく過程を丁寧に描きたいと思いました。最後に「もう誰にも隠さない。お前と、この子だけが俺の家族だ」と告げる場面には、これまで隠し続けてきたものを、蒼が初めて自分の意志で選び直す瞬間を込めました。 最後まで読んでいただきありがとうございました。
関連する官能小説

書斎の薄明かりに滲む届かない距離
妹の親友という一線を守りながら、ずっと「お兄ちゃん」と呼んできた彼と彼女。妹の結婚式の夜、片付けの済んだ書斎で二人きりになったことをきっかけに、受験期に隣で参考書を開いてくれた記憶や、花火大会で肩に上着をかけられた夜の温もりが、堰を切ったようにあふれ出します。積み重ねてきた時間がようやく言葉になり、身体で確かめ合う、じれったくも熱いラブストーリーです。
続きを読む →
提灯の灯に汗ばむ素肌
馴染みの居酒屋の個室に漂う提灯の灯と、二年前の夕立の夜の記憶。今夜もサンダルを濡らして駆けつけた彼女を、恋人の彼は変わらない優しさで迎える。冷奴と梅酒、揺れる提灯の灯りの下、二年間で積み重ねてきた些細な癖や気遣いが、じれったいほどの信頼として二人を満たしていく。異動の知らせをきっかけに彼が切り出した「二人の記念日」という提案に、彼女は静かに頷く。交際二年目、恋人たちの蒸し暑い夜の溺愛譚。
続きを読む →
つむぎ糸を焦がす熱と明け方の約束
窓から漏れるネオンサインの光が、閉店後の美容室に滲んでいる。色褪せた看板の「つむぎ」の文字に、彼女の足が勝手に止まった。子供の頃、彼が作ってくれた組紐の髪紐に結ばれていた札の文字と、寸分違わず同じだったから。十五年越しに再会した幼なじみが、黙って構えていた店の意味を知ったとき、もう後戻りはできなかった…
続きを読む →
