つむぎ糸を焦がす熱と明け方の約束

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雨に濡れた看板と、見覚えのある字

窓から漏れるネオンサインの青白い光が、閉店後のヘッドスパ専用個室に滲んでいる。シャンプーの香りとオイルの匂いが、かすかに漂っていた。白い施術ベッドは、閉店前に念入りに拭き上げられたばかりで、まだ艶を保っている。洗い立てのタオルが、隅にきちんと畳まれている。彼女はそのベッドのひんやりとした縁に腰を預けながら、床にしゃがみ込んだ彼を見下ろしていた。

色褪せかけた木の看板に「つむぎ」という文字を見つけたとき、彼女の足は勝手に止まった。右上がりに跳ねる「ぎ」の払い、その字の癖に見覚えがある。子供の頃、彼が作ってくれた組紐の髪飾りに結ばれていた「つむぎへ」という小さな札の文字と、寸分違わず同じだった。傘も差さずに飛び込んだ、ひと月前の雨の午後のことだ。

ガラス戸を開けて出てきたのは、記憶よりずっと肩幅の広くなった幼なじみだった。夏祭りの前、伸びすぎた前髪を彼の母親の裁縫鋏で切ってくれた日から、もう十五年以上が過ぎている。不器用な手つきだったのに仕上がりを褒めると、それから伸びるたびに彼が切ってくれるのが二人だけの習慣になり、彼が彼女の髪を「つむぎ」と呼ぶようになったのも、その頃からだ。十七の春、彼女が町を出る前夜、最後の一回のつもりで切ってもらったとき、鋏を持つ手を止めた彼が何かを言いかけたが、彼女はそれを聞かないまま、次の日、逃げるように町を出た。

あの日は挨拶もそこそこに店を後にしたが、それから幾度か通ううち、今夜、閉店後の静けさの中で、彼が静かに切り出した。

「まさか、こんな形で見つかるとは思わなかった」

彼はそう言うと、目を細めた。彼女が働く会社からたった二駅の距離にわざわざ店を構え、つむぎの名をそのまま屋号にしたのが偶然ではなく彼女を待つためだったとは、今日まで知らなかった。

「捜させるつもりだったの」

「捜されなくても、いつか通りかかると思ってた」

低い声には、揺るがない自信があった。彼女が言葉に詰まっていると、彼はゆっくりと立ち上がり、彼女の正面に立った。

「今夜、店に残るかって聞いたとき、断られると思ってたんだけどな」

「……つむぎって字を見た時点で、断れるわけない」

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覚えている指先と、忘れない体温

「そんなに身構えなくていいのに」

彼の声は低く、喉の奥で響くように揺れた。彼女が両腕で自分の肩を抱くようにすると、彼は伸ばした指先で彼女のコートの襟をつまみ、静かに肩から滑らせる。

「昔から、寒がりなのは変わらないな」

指先が肌に触れた瞬間、彼女は小さく身を震わせた。彼はコートを丁寧にたたみ、傍らの棚に置く。そのあまりに落ち着いた仕草に、彼女は苛立ちにも似た熱を覚えた。

「あの頃、あんたが切ってくれる前髪、みんなに変だって笑われてたのに、ずっと切らせてたよね」

「お前が笑うところ、見たかったから」

即答されて、彼女は自分の手を強く握りしめた。

「こっちへ」

短い言葉と共に、彼の手が彼女の腰を引いた。誘われるまま、彼女は施術ベッドに浅く腰かける。ひんやりとした合皮の感触が太もも裏に伝わり、彼女は思わず身を硬くした。彼はその膝に手を添え、左右へひらいて隙間に立つと、両手で彼女の足首を包み込んだ。指先は鋏だこで少し硬く、それでいて髪を扱う手つきそのままの繊細さで彼女の脛を撫で上げていく。

「あの夜、鋏を止めて、何を言おうとしてたの」

「今夜、全部言うつもりで店を開けたんだ」

彼はそう答えると、彼女の膝の内側に唇を寄せた。柔らかく歯を立てられる感触に、彼女は声を殺す。彼はゆっくりと身を起こしながら、手をブラウスのボタンへと移し、上から順に外していく。開いた合わせ目から素肌が露わになり、粟立った。指先はブラウスの縁をなぞりながら、下着の上から胸の輪郭を確かめるように滑る。

「こんなに、感じやすかったのか」

彼女は返事の代わりに彼のシャツの袖を強く握った。唇が重なると、最初は確かめるように優しく、次第に深く割り入ってくる。舌が絡み合うたび、十五年分の距離が形を失っていくのが分かった。

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夢中で貪る、施術ベッドの軋む音

「あっ……」

唇が離れた拍子に、彼の右手が下着の上から胸を包み込んだ。親指の腹で先端を掠められただけで、彼女の背が反る。彼は無造作に下着をずらし、直接その先を口に含んだ。剥き出しになった肌に灯る熱に、彼女はのけぞって声を漏らした。

「もっと、その顔を見せて」

彼の言葉に応えるように、彼女の口から抑えきれない吐息がこぼれる。彼はもう一方の手をスカートの中へ滑り込ませ、下着の上から割れ目をなぞった。じんわりと滲んだ湿りに気づいたのか、彼の指の動きが確信を持ったものに変わる。

「はあ……そこ、待って」

「待たない。ずっと待った分、今夜はもう待たない」

指が下着の縁をくぐり、直接その場所に触れる。ぬるついた感触が指先に絡みつき、彼女の腰が浮く。彼は指を浅く沈め、抜き差しを繰り返しながら、親指で敏感な粒を押し潰す。彼女は彼の首にしがみつき、声を殺すことを諦めた。彼は指を引き抜くと、ベルトに手をかけた。

「挿れていいか」

余裕のない手つきで取り出したそれは、すでに硬く反り返っていた。先端が入り口にあてがわれると、彼女は目を閉じ、彼の肩に額を押しつける。彼は焦らず、浅い場所で馴染ませるように腰を揺らしてから、少しずつ奥へと沈めていく。狭い入り口が押し広げられていく感覚に、彼女は息を詰めた。奥まで満たされたところで彼が動きを止め、汗の滲んだ額を彼女の額に合わせる。

「苦しいか」

「動いて……ちゃんと、確かめさせて」

その言葉を合図に、彼は腰を引き、また深く沈める。最初は確かめるような緩やかな律動が、彼女の吐息が乱れるにつれて速さを増していく。施術ベッドが軋むたび、彼女は縁を強く握りしめ、押し寄せる快感に耐えた。

「あっ、あ……そこ、深い」

「そんなに感じてくれるとは思わなかった」

彼が腰を打ち付けるたび、体の奥で何かが弾けるような感覚が広がっていく。彼女は彼の背に爪を立て、迫り上がる波に身を委ねた。

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明け方の静けさと、屋号に込めた約束

「もう、無理……」

彼女が声を震わせると、彼は最後に大きく腰を沈め、彼女の一番深いところで動きを止めた。同時に低く息を詰め、その内側に熱を放つ。じんわりと広がる重みに、彼女は彼の肩に力なくもたれかかった。

呼吸が整うまで、彼は彼女を抱きしめたまま動かなかった。施術ベッドのひんやりとした感触と彼の体温の落差が、まだ肌の上に残っている。彼は彼女の乱れた髪を指で整えながら、ようやく口を開いた。

「あの夜、鋏を止めて言いかけてたこと、まだ聞く気はあるか」

彼女は小さく頷いた。彼は一度目を伏せてから、まっすぐに彼女を見た。

「鋏を止めたあの瞬間、あの町から出ていくなって、お前に言いたかった。でも、当時の俺には、お前を引き止めるだけの理由も自信もなかった」

「だから、黙って理由を作ってから、私を待つことにしたの?」

「そうだ。それだけの時間がかかった」

彼女は言葉が続かず、代わりに彼の胸へ額を押し付けた。堪えきれず、小さな笑いがこぼれる。窓の外で、空の色が少しずつ白み始めている。

「これから、私の髪、ずっとあんたに切ってもらってもいい?」

彼の腕に力がこもる。彼女はそれに応えるように、その背中へそっと腕を回した。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

今回は「関係に名前をつけないまま重ねてきた年月」を、彼が幼い頃から呼び続けた彼女の髪の呼び名『つむぎ』を軸に描きたいと思いました。夏祭りの前、不器用な手つきで前髪を切ってくれた記憶と、その呼び名をそのまま屋号にした店を黙って構えていたという彼の行動に、言葉にできなかった長い執着を託しています。 町を出る前夜、鋏を止めて言いかけて聞かなかった一言と、看板の文字だけを頼りに雨の午後にたどり着いた、偶然のようで偶然ではない再会を、施術ベッドの上の一夜に結びつけました。過去の記憶が会話の端々に滲むよう、地の文よりもセリフの中に積み重ねてきた時間を込めることを意識しています。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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