天文台に眠っていた十五年分の想い

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記憶の星屑

天文台の観測室は、深夜の静けさをそのまま閉じ込めたような場所だった。乾いた空気と、かすかな機械油の匂い。ゆっくりと回転するドームの低い音が、外の夜を遠ざけるように満ちている。青白い月明かりが細く差し込み、中央に鎮座する巨大な望遠鏡を銀色に縁取っていた。

彼女はその光の縁に佇みながら、胸の奥がざわめくのを感じていた。

「覚えてる? ここで流星群を見た夜」

彼が穏やかに言った。望遠鏡のアイピースのふちを指でなぞりながら、彼女を見もせずに。その仕草が、あの夜とまったく同じで、彼女は息が詰まった。

小学五年生の夏。天文部の顧問が特別に観測室を開けてくれた夜、彼女はペルセウス座流星群に息をのんで、隣に座る彼の手を。気づかぬまま握っていた。彼は何も言わずに握り返してくれた。あれから十五年。

大学を卒業し、それぞれ別の街で働き始めてから、二人の間に少しずつ空白が広がっていった。メッセージの返信が遅くなり、会う機会もなくなった。それでも彼女は「友達だから」という言葉を盾にして、自分の気持ちを押し込め続けた。好きだと認めれば、この心地よい関係が壊れてしまう気がして。

「なんで今日、呼んだの?」

声が震えないように気を張りながら問いかけると、彼はようやくこちらを向いた。記憶よりも少し精悍になった顎のライン。でも、まっすぐに見てくるその眼差しは、あの頃から何一つ変わっていない。

「会いたかったから」

たった一言が、一年間胸に積もっていた何かを、するりとほどいていった。

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崩れていく距離

一歩、彼が近づいた。

「まだ早いよ」

彼女は思わず呟いた。ドームのスリットが静かに開き、夜空が広がる。その夜気のせいだと言い聞かせても、肩が震えるのは冷えのせいだけではなかった。

「何が?」

「……こんなふうに、近くにいること」

彼はその答えを予想していたように、小さく笑った。ふっと力の抜けるような、懐かしい笑い方で。昔、彼女が何か大切なことを口にするたびに、彼はこうして笑った。揶揄ではなく、安心させるように。

「ずっと待ってたよ」と彼が言う。「お前が自分で気づくまで」

その言葉の重さが、じわじわと胸に広がっていく。

「怖かったんだ」と彼女は素直に打ち明けた。「変わったら、壊れると思って」

「壊れないよ」と彼は落ち着いた声で言った。「十五年かかってできたものが、そう簡単に壊れるわけがない」

その瞬間、彼女の中で何かがほろりとほどけた。長年しがみついてきた「友達」という言葉が、もう必要ないと知った。

彼の掌が彼女の頬に触れた。冷えた空気の中で、その温もりだけが際立って感じられる。大きな手。昔から変わらない手。でも今日は、どこか違う熱がある。

「ずるい……」と彼女は呟いた。「そんなこと、もっと早く言ってくれたら、もっと早く気づけたのに」

「気づいてほしかったんだよ。自分で」

彼の唇が、彼女の唇に重なった。深く、じっくりと。長い年月が溶け合うような、ゆったりとしたキス。息を飲み合う中で、舌が絡み合い、湿った熱が広がる。彼女の胸の奥で、抑えてきた気持ちが、静かに解け出した。

星空の下で、求め合って

やがてキスがほどけた瞬間、彼の唇が耳元へ移り、低い声が落ちてきた。

「寒いだろ」

彼の掌が肩に滑り、重たいセーターのボタンを外し始める。ひとつひとつ、丁寧に。彼女は躊躇わなかった。これが彼の手温なら、と思う。何度も夢に見た、その手の感触が今ここにある。

最後のボタンが外れた瞬間、彼女は自分から腕を広げた。恥ずかしい。でも、彼に見てほしい。彼だけに。

セーターが肩から滑り落ちる。彼の指が、ブラウスの裾から入り込み、ブラのホックをひとつひとつ外した。薄い布が静かに落ちる。冷えた空気が肌に触れた瞬間、彼女の息が浅くなった。

彼の吐息が、首筋にかかった。

「綺麗だよ」

たった一言が、喉の奥まで沁みた。子供の頃から知っている声で、こんなふうに言われたことがなかった。彼の唇が、鎖骨の上を伝い、胸の谷間へと下りていく。ひとつひとつの軌跡が、皮膚に焼き付くように残る。

「ん……っ」

声が出ると思わなかった。彼の唇が、やわらかな頂を包む。じわりと滲む熱に、背骨の根元から甘い電流が走った。彼の舌が描く緩やかな円が、意識をどこか遠くへ持っていこうとする。彼女は必死に堪えながら、彼の背中に両手でしがみついた。

「……ずるい。こんなこと、されたら」

「何が?」と彼が顔を上げて笑った。あの頃と同じ、少し意地悪な笑い方で。

「全部、あなたのものになりたくなるじゃない」

彼の目に、何かが灯った。

彼女はそっと手を伸ばし、彼の胸板に掌を当てた。熱い。心臓の音が、手のひらに伝わってくる。

『この人も、どきどきしてる。』

その事実が、どんな言葉よりも彼女の緊張をほぐした。

彼の手が腰に滑り、スカートのホックを外す。布が足元に落ちていく感触。残ったのは薄い下着だけで、夜の空気が素肌をなでる。身を縮める彼女を、彼は静かに引き寄せた。

素肌と素肌が触れる。

こんなに温かいとは思わなかった。

「冷えてる」と彼が言って、観測用のソファへ彼女をそっと横たえた。上から覆いかぶさってくる彼の重みに、これが現実だと思った。

「……こんな形で、いいのか?」

「うん」と彼女は即答した。「何年もの間、心のどこかで願ってた」

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彼の手が、最後に残った一枚を、腰骨のあたりから丁寧に引き下ろしていく。布が膝を過ぎ、足首を抜ける。彼女は目を閉じた、だが彼が、その閉じた瞼にやわらかくキスをした。

「見てて」

低い声に、逆らえなかった。目を開けると、彼が彼女だけを見ていた。

その視線の熱に、彼女の奥がじわりと滲んだ。恥ずかしいのに、逃げたくない。この人に見られているのが、怖いのに。心地よかった。

彼の指が、内腿の内側を、なめらかに撫でる。すぐそこまで来て、止まった。

「……意地悪」

「焦らしてる」

今度こそ彼女は笑ってしまった。笑ったその瞬間を見計らったように、彼の指が、そっと触れた。

「あ……」

声が出た。自分のものと思えないほど、甘い声が。

じっくりと、彼女が何に反応するかを確かめるように、丁寧に触れ続ける。親指が一か所に集中するたびに、腰が浮きそうになった。彼女は唇を噛んで堪えるが、「我慢しないで、吐息をこぼしてよ」と彼が耳元で囁く。

「だれかに……聞こえたら」

「ここには二人しかいないから」

思考の断片が、すっと消えた。

「あ、んっ……」

内側から広げられるような感覚に、彼女の腰は小さく揺れた。彼はそのリズムに合わせるように動き、彼女の反応を、掌でひとつひとつ確かめていく。深いところが、甘くほぐれていく。

「もう……」と彼女は声を絞り出した。「きて」

彼は問い返さなかった。

やわらかに、彼女の中へ入ってくる。

息が詰まった。でも、痛くはない。むしろ、満たされていく、という感覚。十五年分の遠さが、少しずつ近くなっていくような。

「辛くない?」

「……うん。動いて」

彼が動き始めた。最初はゆっくり。奥まで来るたびに、彼女の喉から細い声が漏れる。腰から生まれる波が、背筋をゆっくりと上っていく。

「あ……やだ、声が、でちゃう……っ」

「いい声だよ」と彼が低く笑った。

その声が好きだった。重なり合いながら笑えるなんて、思ってもみなかった。

彼の腕が背中を引き寄せ、密着する。肌が溶け合うように重なるたびに、彼女の中の何かが切なくなった。好きだ、と思った。今更のように。でも今更じゃない、ずっと好きだったのだと、今この瞬間、全身で理解した。

「……好きだよ」と彼が囁いた。

彼女の目から、一筋だけ涙が流れた。

速度が増した。彼の腰が、深く、繰り返し彼女を揺らす。波が重なって大きくなっていく。「ん、あ……もっと……」と自分の声が遠くから聞こえた。

奥まで届く衝撃に、視界の端が滲む。全身が彼の熱を受け止めようとして、小刻みに震えた。胸の奥で何かが弾けそうになった瞬間、「一緒に」と彼が言った、その声に、すべてが解けた。

二つの鼓動がひとつになる、星空の下、熱い霧が静かに立ち上るような瞬間だった。

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夜明けの温もり

息遣いが収まりかけた頃、彼の額が彼女の額に静かに触れた。汗ばんだ肌同士がくっつき合う感触が、不思議なほど心地よかった。

「眠い?」

彼の声は少しかすれている。彼女は無言で頷き、その広い胸に身を預けた。彼の指が、そっと彼女の手を包んだ。ゆっくりと、指と指が絡み合う。脱力感とともに、胸の奥に安堵が満ちていた。

「明日、一緒に朝ごはん食べよう」

「……うん」と彼女は答えた。今日初めて、迷わずに。

しばらく、静かな沈黙が続いた。

「あの望遠鏡」と彼がふとつぶやいた。「子供の頃から、ずっとここにある」

「うん。覚えてる」

少し間があって、彼女は続けた。「流星群の夜、気づいたら、あなたの手を握ってた。ずっとバレてたか気になってた」

彼は低く笑った。「バレてたよ」

「……知ってたの?」

「知ってた。だから離さなかった」

彼女の喉から、言葉は出てこなかった。かわりに、絡めた指をもう少しだけ強く握った。

ドームの外では、東の空がほんのりと橙色に染まり始めている。遠く離れた日々も、「友達」という言葉の裏に押し込めてきた時間も、全部この夜明けへと続いていたのだと、彼女は思った。

望遠鏡の向こうには、まだ星が残っている。二人が子供の頃から見続けてきた、変わらない星空が。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

星と天文台、そして幼なじみという組み合わせで書いた物語です。 「流星群の夜にそっと手を握った」という小さな記憶が、二人の間に十五年間静かに息づいてきた、そのイメージを大切にしました。「友達」という言葉は、好きだという気持ちを守るための殻でもある。声に出せないまま積み重なった時間も、ちゃんと彼には届いていた。そう思えたとき、殻はもう必要なくなります。 望遠鏡を覗けば遠い星に手が届くように、二人の距離も、この夜にようやく縮まります。読んでいただけて、ありがとうございました。

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