
幼なじみの毒に溺れる夜
薔薇の壁紙に囲まれて、彼女は目を覚ます
耳の奥で、低い衣擦れの音がした。
瞼を開けると、目の前には見覚えのないテーブルの木目があった。橙色に絞られた照明の先で、壁一面に描かれた薔薇の模様がぼんやりと浮かび上がっている。突っ伏していた身体を起こそうとした瞬間、肩に置かれた手のひらが、そっと支えた。
「まだ、そのままでいいのに」
低い声に、心臓が跳ねた。茜がゆっくりと顔を上げると、隣から顔をのぞき込む男の姿があった。酔いとは違う眩暈に襲われる。
「……拓海?」
「やっと起きた」
拓海は肩に置いていた手を離し、傍らのグラスを一口含んでからテーブルに戻すと、乱れた茜の前髪を指先で払った。その仕草に、覚えのある癖があった。子どもの頃、熱を出した茜の額に触れる時も、彼はいつもこうして前髪をよけてくれたものだ。
思い出す。今夜、先輩に誘われて訪れた会員制のバー。奥の個室を予約してあると聞き、案内された扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのがこの薔薇の壁紙だった。懐かしさに足が止まった。祖母の家の屋根裏部屋、蔦と薔薇が這う古い壁紙。夏休みのたび、拓海と二人で隠れ家のように使っていたあの部屋と、同じ柄だった。
転校が決まった日、屋根裏で「大人になったら、ちゃんと伝える」と言った拓海が、それから先を言わずに黙り込んだことを、今でも覚えている。続きを聞けないまま、彼は町を出ていった。
驚いていると、挨拶に訪れた店のオーナーが拓海本人だった。ほどなくして先輩の携帯が鳴り、急な仕事の連絡だったらしい。先輩は詫びながら会計を済ませ、先に店を出ていった。二人きりになってから、久しぶりの再会に話が弾み、グラスを重ねるうちに、いつしか瞼が重くなっていったことまでは覚えている。
「私、いつの間に眠って……」
「一時間くらい前かな。起こすのが惜しくて、そのままにしてた」
拓海の指が、茜の頬から首筋へと滑る。かつての幼なじみの手つきではない、大人の男の欲を隠さない触れ方だった。
「十年分、我慢してきたんだ」
低く囁かれた声に、鼓動だけが速さを増していく。

十年分の隔たりを溶かすように、指先が肌を辿る
拓海は茜の手を引いて立たせると、そのまま抱き上げて、個室の奥にある大きなソファへと運んだ。組み敷くように身を寄せ、額に、瞼に、頬へと唇を落としていく。最後に唇へとたどり着いた口づけは、想像していたよりずっと性急だった。
「んっ……」
深く重なる口づけに、茜は彼のシャツの襟を掴んだ。子どもの頃には知らなかった熱が、舌先から流れ込んでくる。
「茜」
名前を呼ぶ声に、熱い疼きが込み上げた。背中に回った指がワンピースのファスナーを下ろすと、肩紐がするりと滑り落ちる。拓海はそのまま茜の身体をソファに横たえ、纏わりついていた衣類を脱がせた。露わになった素肌に、彼の手のひらが吸い付くように這う。
「小さい頃は、こんな身体じゃなかったのにな」
「ば、馬鹿……昔の話はやめて」
からかうような声に反論しようとした瞬間、胸の頂を指先で摘ままれ、言葉が途切れた。
「あっ……」
くりくりと転がされるたび、腰の奥から甘い痺れが広がっていく。拓海は膨らみに顔を埋め、舌先で先端をなぞった。
「あぁ、んっ……そこ……」
執拗に舐め上げられ、茜の背中がしなる。彼の片手が太腿の内側を這い上がり、下着の上から中心をなぞった。
「もう濡れてる」
「言わないで……」
羞恥に顔を背けても、指先はやめてくれない。薄い布越しに押し込まれる刺激に、腰が勝手に揺れる。
「拓海……お願い、じかに……」
自分でも驚くほど素直な言葉がこぼれた。腰を軽く浮かせた隙に下着が引き下ろされると同時に、彼の指が茜の中心へ、直接触れた。
「んああっ……!」
くちゅりと湿った音が個室に響く。長い指が浅瀬をかき混ぜ、次第に奥へと進んでいく。
「ここに触れるだけで、頭の中がどうにかなりそうだ」
拓海の声も掠れていた。指を二本に増やされ、内壁を擦られるたびに、茜は喉を反らして声を上げた。
「あっ、あっ……拓海、もう……」
「まだだよ」
意地悪く笑った彼が、身体を起こしてベルトを外す。露わになった熱いものを、茜は思わず見つめてしまう。
「怖い?」
「怖くない……来て」
答えると同時に、彼は茜の膝を割り開き、切っ先を宛てがった。
「……いくよ」
低く囁かれた瞬間、彼の熱が茜の中へと沈み込んでくる。
「んんっ……あ、あぁ……!」
圧迫感に息が詰まる。狭い隘路を押し広げながら、拓海は少しずつ奥へと進んでいった。
「痛かったら言えよ」
「大丈夫……ちょっとだけ、待って」
深呼吸をする茜の額に、拓海が優しく口づけを落とす。その気遣いに、子どもの頃から変わらない彼の優しさを見た気がした。
やがて彼が動き出すと、痛みよりも先に、疼くような快感が茜を襲った。
「あっ、あっ、んっ……」
緩やかな抽送が、次第に速さを増していく。突き上げられるたびに、茜の口から途切れ途切れの声がこぼれた。
「茜の中、すごい、絡みついてくる」
「言わないでって、ば……あ、あぁっ……!」
拓海が腰を打ちつけるリズムに合わせ、部屋には濡れた水音と荒い呼吸が満ちていく。彼の額から落ちた汗が、茜の鎖骨に滴った。
「もっと、奥まで……」
自分から腰を揺すり返すと、拓海が喉の奥で低く唸った。
「そんなに煽ると、優しくできなくなる」
「いいから……全部、ちょうだい」
その言葉を合図に、抽送が激しさを増した。最奥を穿たれるたび、視界がちかちかと明滅する。
「あぁっ、拓海、もう、イく……!」
「一緒に」
強く最奥を突き上げられた瞬間、茜の内側が大きく収縮した。同時に、拓海も低く呻き、茜の中で熱を放った。

朝の光が差し込む前に、交わした約束
荒い息が収まるまで、二人はしばらく重なったまま動かなかった。
窓の外はまだ暗く、カーテンの隙間から街の明かりだけが薄く差し込んでいる。拓海は茜の身体をそっと抱き寄せると、乱れた前髪を指先でよけた。
「その仕草、変わってないね」
茜がつぶやくと、拓海は少し照れたように笑った。
「お前の寝顔を見るたびに、気づいたらやってる。昔からずっとだ」
「逃げるなよ、今度は」
冗談めかした声の奥に、真剣な響きがあった。茜は彼の胸に頬を寄せる。
「逃げてないよ。あの時は、拓海が先にいなくなったんじゃない」
「悪かったって。親父の転勤だったんだから仕方ないだろ」
「聞いてたよ。だから、責めてない」
「じゃあ、言ってなかったことも聞いてくれ」
拓海の声が、心なしか硬くなった。
「大人になったら、ちゃんと伝えるって言った。あの続きを、十年間言えないままだった」
「続きって?」
「あの部屋を出てから、お前のことばかり考えてた。今もそれは変わってない」
十年越しの言葉に、茜の喉の奥がきゅっと締まった。
積もった十年の時間は、一晩では溶け切らないかもしれない。それでも、この薔薇の壁紙に囲まれた部屋で目を覚ました瞬間から、茜の中で何かが確実に変わっていた。かつての幼なじみへの淡い想いは、もう子どもの頃のそれではない。抗いようのない熱を持った、大人の毒として、身体の奥に染み込んでいる。
「今度は、どこにいても見つけられるようにしておく」
「じゃあ、指切り」
拓海が小指を差し出す。
「まだ覚えてたんだ」
「お前が忘れてただけだろ」
茜は笑いながら小指を絡めた。子どもの頃と同じ形なのに、そこに宿る熱は確かに違っていた。
「うん。もう、十年も待たせないでよ」
「約束する」
低い声で誓う彼の腕の中、茜は静かに目を閉じた。薄闇に沈む個室には、二人分の体温だけが確かに残っていた。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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作者より月森 潤

祖母の家の屋根裏部屋にあった薔薇の壁紙を、大人になってから思いがけない場所で再び目にするという偶然にこだわって書きました。目覚めた瞬間、景色よりも先に肌の記憶が蘇るという感覚を大切にしたいと考えました。 十年という空白を、責める言葉ではなく「知ってる。だから、責めてない」という一言で受け止める茜の芯の強さを描きたかったです。転校という不可抗力で途切れた関係だからこそ、再会した夜にもう一度連絡先を交換し直すという小さな約束に、二人の未来を託しました。指切りという子どもの頃の仕草を冒頭と結末の両方に置くことで、途切れていた時間が確かに繋がり直す様子を表現したいと考えました。 薄闇に沈む個室という閉じた空間の中で、幼なじみへの想いが「毒」に変わっていく過程を、肌の熱とともに丁寧に綴ったつもりです。読んでいただきありがとうございました。
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