枯れ葉舞う稽古場で素肌にほどける帯

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夕焼けの稽古場と、届いたままの退職届

窓から差し込む夕暮れの光が、日本舞踊の稽古場を包む板張りをあかね色に染めている。長年の稽古で艶を帯びた床は、踏み込むたびにわずかに軋み、蝋引きの匂いがかすかにこもっていた。壁際の一段高くなった畳敷きには、休憩用の座布団と薄い布団がきちんと畳んで置かれている。鏡の前に座った彼女は稽古着の衿元を整えながら、文机の隅に置いたままの一枚の紙を横目で見た。退職届。まだ判子も押していないそれが、今日という日を重くしている。

肌にはうっすらと汗が滲み、うなじのあたりが夕日を受けて光っていた。長い稽古を終えたばかりの体は火照ったままで、鏡に映る自分の頬もいつもより赤い。

奥の壁際で帯を締め直していた彼が、ふと手を止めて顔を上げた。鏡越しに視線が絡む。

彼がこの稽古場に通い始めたのは、まだ声変わり前の少年だった頃だ。初めての発表会を前に、緊張で震える指先を見かねて、彼女が代わりに帯を結んでやったことがある。「大丈夫、ちゃんと支えているから」。すり足の運びも、扇を持つ手の角度も、彼女が一つずつ手を取って教える。そう囁くと、彼はようやく肩の力を抜いて舞台に立てた。それからというもの、秋の発表会のたびに二人で舞う相舞の演目が決まって用意され、その稽古がいつしか特別な時間になっていった。

親子ほど年の離れた自分にとって、彼のような若く一途な男への想いは、隠し通すしかない秘密だったはずだ。数日前、稽古の帰り際に彼がぽつりと零した「好きな人ができた」という一言が、まだ耳の奥に残っている。誰のことかとは聞けなかった。彼の視線がこの稽古場の外へ向いていくのだと思うと、息が詰まるほど胸が痛んだ。

それは嫉妬というより、彼と積み重ねてきたこの時間が終わっていくことへの、静かな恐れに近かった。「私だけを見て」とは、一度も言えたことがない。言わないまま、今日ですべてを終わらせるつもりだった。

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鏡の中で重なる、迷いと本音

「辞めるんだね」

低い声が静けさを破り、彼が歩み寄ってくる。板を踏む足音は、幼い頃よりずっと重みを増していた。彼の手が彼女の肘に触れると、その体温は彼女よりも高く感じられた。

「まだ踊れるでしょう。最後にもう一曲だけ」

彼女は迷いながらも頷き、彼と並んで鏡に向き合う。触れ合うことのない相舞の間合いのまま、すり足で動き出す足の運びは、毎年の発表会で幾度となく合わせてきたものと同じ拍だ。鏡の中、重なり合う二つの影だけが寄り添っていく。

「この間言った『好きな人ができた』、誰のことだと思ってましたか」

振りの合間、彼が鏡越しに静かに尋ねる。彼女の扇を持つ指先がわずかに乱れた。答えようとしても、言葉が喉につかえて出てこない。

彼は振りを止めないまま、鏡の中の彼女だけを見つめた。

「教えてもらったすり足の運びも、叱られた立ち姿も、全部あなたのことばかり考えて覚えました。誰かじゃない。ずっと、先生のことです」

ようやく言葉にされたその想いに、彼女の足が止まる。鏡の中の自分の顔が、驚きと安堵の間で揺れていた。

「先生こそ、ずるいですよ。ずっと隠してたくせに」

彼が小さく笑い、振りを崩して間合いを詰める。初めて型を破って触れた指先に、彼女は目を伏せた。

「隠していたんじゃない。言葉にしたら、教える立場でいられなくなる気がして、怖かっただけ」

震える声でそう答えると、彼の腕が強く彼女を引き寄せる。抱き寄せられた拍子に爪先が浮き、彼女は思わず彼の胸に手をついた。

「もう、教える立場でいる必要はないでしょう」

彼の唇が彼女の額に触れ、そのまま輪郭をなぞるように頬へ、唇へと下りていく。触れるだけだったキスはすぐに深くなり、舌が絡み合った。稽古着の合わせ目に彼の指がかかり、帯の結び目を探り当てる。

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帯がほどけて、夕日に染まる肌

彼の指が帯の結び目を丁寧にほどいていく。しゅるりと音を立てて帯が緩み、稽古着の前がはらりと開いた。中の肌襦袢の合わせ目もはだけ、夕日に染まった素肌が露わになると、彼は一瞬だけ息を止め、それから目を細めながら掌で肌に触れた。

「夕焼けの色、先生の肌に移ってる」

囁きながら、彼は彼女の肩から稽古着を滑り落とす。腰に纏っていた裾も、動きの中で大きくはだけていた。彼女は彼に手を引かれ、壁際の畳敷きに敷かれた布団へと横たわる。

彼の唇が耳から首筋へ、うなじの汗を舐め取るように滑っていく。くすぐったさに似た痺れが背筋を這い、彼女は小さく声を漏らした。

「あ……」

彼の手が乳房を包み込み、指の腹で先端をそっと撫で上げる。芯を持ち始めたそこを親指で転がされるたび、腰の奥に鈍い疼きが灯っていく。

「感じやすいんですね。稽古中は、そんな顔、絶対に見せないのに」

からかうような声に、彼女は羞恥で頬を染めながらも腰を浮かせてしまう。彼は胸の先を口に含み、舌先で転がしながら、もう片方の手を彼女の太ももの内側へと滑らせた。指先が入り口に触れると、そこはすでにしっとりと潤んでいる。

「もう、こんなに」

低く囁いた彼が、中指をゆっくりと沈めていく。浅い場所を丁寧に撫でられるたび、彼女の内側がきゅっと締まり、吐息が乱れていった。

「んっ……そこ……」

指が奥の感じやすい場所を探り当てると、彼女は彼の肩に爪を立てる。くちゅり、と湿った音が布団の上に響いた。指の抽送が徐々に速まり、彼女の腰が自然と揺れ始める。

「もっと……欲しい」

自分でも驚くほど素直な言葉がこぼれた。彼は指を引き抜き、自らの帯も解いて纏っていたものを退ける。彼女の脚の間に体を沈めると、すでに硬く昂ぶった彼のものが、入り口にそっと押し当てられた。

「先生の中に、入ります」

短く告げると、彼はゆっくりと腰を進める。狭い場所がひらいていく感覚に、彼女は顎を上げて喘いだ。

「あぁ……っ、奥まで……」

彼が最奥まで満たすと、二人はしばらく動きを止め、繋がった実感を確かめ合うように見つめ合う。夕焼けはすでに沈みかけ、鏡の縁だけが薄闇に光っていた。

彼が腰を揺らし始めると、乱れた息遣いが重なっていく。浅く、深く、リズムを刻むたびに彼女の内側が波打ち、頭の芯が甘く痺れていった。

「先生のこの声、稽古場では聞けなかった」

耳元で囁かれた声に肌が震え、彼女もまた腰を合わせて彼を深く迎え入れる。律動が速まるにつれ、繋がった部分から立つ水音が室内に満ちていく。彼の腕が彼女の背をきつく抱き、揺さぶられるたびに視界がぼやけていった。

「あ……もう、いく……っ」

彼女が背をしならせた瞬間、彼も低く息を詰め、最奥で腰を止める。熱い迸りが奥深くに広がり、彼女は全身を震わせながらそれを受け止めた。深い痺れが背筋を駆け抜け、しばらく声も出せないまま、彼の胸に頬を預ける。

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藍色に沈む稽古場と、続いていく約束

呼吸が整うまでの間、彼は彼女の乱れた髪を直し、汗ばんだ背中を手拭いで拭ってくれた。窓の外では最後の夕光も消え、稽古場は藍色の薄闇に沈んでいく。

彼は身を起こすと、脱がせた稽古着を彼女の肩にかけ、帯を手に取った。不器用ながらも丁寧な手つきで結び目を作っていく。

「教えてくれた通りに、結べるようになりました」

はにかむように言う彼の言葉に、彼女は小さく笑った。結ばれたばかりの帯の感触を確かめるように腰に手を当ててから、彼女は彼の顔をまっすぐに見つめる。

「今度から、私だけを見てくれる?」

ようやく口にできたその一言に、彼は少し驚いた顔をしたあと、深く頷いた。

「最初から、先生しか見ていません」

彼に手を引かれて立ち上がると、二人は鏡の前まで戻る。彼女は文机の上の退職届に手を伸ばした。判子の押されていないそれを二つに折り、丁寧にしまい込んだ。

「これは、出さないことにする」

「先生が辞めたら、次に舞う相手がいなくなります」

彼の言葉に、彼女は頷いた。この稽古場で、これからも彼の隣で踊っていける。そう思えた。

窓の外では枯れ葉が一枚、風に舞って地面に落ちていく。来年の秋も、同じ演目を二人で舞うのだろうと、彼女はふと思う。鏡の中には、帯を結び合った二人の姿が、薄闇の中で寄り添って映っていた。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

日本舞踊の稽古場という、静謐ながらも緊張感のある空間を舞台に据えました。長年連れ添った師弟関係が、一枚の退職届をきっかけに男女の関係へと変貌していく過程を描きたかったところです。 特にこだわったのは、鏡越しの視線と相舞の所作による心理的な駆け引きでした。互いに触れ合わない間合いを保ちながら、言葉と視線だけで距離を詰めていく緊張感を大切にしました。また、帯がほどける音や、夕日に染まる肌の色彩など、視覚と聴覚に訴える描写を重ねることで、抑え込んでいた情動が溢れ出す瞬間を表現したつもりです。 幼い頃から積み重ねてきた信頼が、大人の男としての独占欲へと塗り替えられていく快感を感じていただけたなら幸いです。 読んでいただきありがとうございました。

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