空室に滲む吐息

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空室に滲む吐息

老朽化したアパートの一室は、家具も家電もほとんどが運び出され、がらんとした空気だけが漂っていた。壁紙は所々で剥がれ、床には家具の跡だけが白く残っている。電気はすでに止められ、窓にはもうカーテンも掛かっていない。外灯の光だけが、薄闇の中に長い影を落としていた。

古い木造の階段を上る足音が軋みながら響き、女が入ってくる。

彼女はカーディガンを羽織ったまま、埃を気にする素振りも見せずに、部屋の中央にぽつんと残されたソファに腰を下ろした。持ってきた懐中電灯を床に置くと、淡い光が下から彼女の輪郭を浮かび上がらせる。胸元がわずかに開いたブラウスから、汗ばんだ肌の白さが透けて見える。長い睫毛が震え、溜め息とともに吐き出された息が、冷えた空気の中でかすかに白く渦を巻いた。

仕事帰りのスーツ姿のまま、男は三和土で靴を脱ぎながら、彼女の横顔に視線を固定する。

三年前の秋、上京したての一人暮らしが不安で、夜もろくに眠れずにいた男を見かねたのは、彼女とともにこのアパートの大家を務めていた、彼女の母だった。独り身の若者を放っておけない性分で、初めのうちは娘を連れて夕食を届けながら、台所に立つ暇もなかった彼に味噌汁の出汁の取り方のコツを教えてくれたのも、その頃のことだ。娘と彼が玄関先で他愛もない話に花を咲かせる様子を、母はいつも少し離れたところで、目を細めて見ていた。

だが半年もしないうちに母の足腰は目に見えて弱り、以来、彼女ひとりが届け物を任されるようになっていった。最初は互いに他人行儀な会釈だけで終わっていたその時間は、いつしか玄関先で交わす他愛のない世間話に変わり、彼女がいつも同じ場所に鍋敷きを置き、同じ順番で総菜を並べていく癖に、男はいつからか安心を覚えるようになっていた。

そして去年の梅雨、高熱でうずくまっていた男をこの部屋で一晩中看病してくれたあの夜。濡れタオルで額を拭う彼女の指と、隠しきれない距離の近さに、二人は互いの中にあった一線を越えた。それから今日まで、彼女の夫が出張で家を空ける晩を選んでは、逢瀬を重ねてきた。

母が亡くなったのは、半年前のことだ。大家の仕事をひとりで背負うことになった彼女は、老朽化した建物の維持費と相続の事情を天秤にかけ、取り壊しを決め、今夜が最後の夜になった。明日の朝には重機が入り、この部屋も、二人が積み重ねてきた時間の跡も、すべて瓦礫に変わる。夫は出張先のホテルにいるはずで、彼女がひとりで最後の点検に来ると聞いても、疑う様子はなかった。

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剥き出しの壁に溢れる蜜

男が近づき、彼女の太腿に触れる。

冷たいソファの座面と対照的に、彼女の体は熱を持っていた。スカートの生地はしっとりとしており、彼の指先が生地に擦れるたびにかすかな衣擦れの音を立てる。

「お疲れさま……今日は、ありがとう」

彼女の声はかすれ、どこか遠いところから響いてくるようだった。梅雨の夜、男の額の汗を拭った彼女の指が、今度は男に炙られる番だった。男の親指が、膝から内股へと滑り込む。

黒いタイツの膝部分は薄く、その下にある皮膚の柔らかさが指先に伝わってくる。男はゆっくりと生地を手繰り寄せ、太腿に皺を作った。

「ここ、ずいぶん温まってる」と、男が耳元で囁く。

男の掌が太腿の間にはさまる。

女は驚いたように背を浮かせるが、すぐにまた深く座り込んだ。この一年で覚えた、拒みきれない体の反応だった。

タイツの上から股間を圧迫すると、布地越しに、彼女の熱を帯びた潤みが指先に伝わってくる。女は唇を噛みしめ、喉の奥で小さな声を漏らした。その声は、剥き出しの壁に小さく響いて消えていった。

男は太腿から手を離し、彼女の下腹部へと移動させる。

指先が中心を押し広げると、タイツ越しにじんわりとした粘液の温かさが伝わってくる。薄い布地が肌に吸いつき、滑らかに動いた。女はため息交じりに頭を横に倒し、鎖骨に沿って汗が一滴、垂れていく。

「ん……」

男は彼女の膝をゆっくりと開かせ、その太腿の間へ顔を埋める。

鼻先が股間に触れた瞬間、甘く濃厚な香りが立ち上る。それは体液だけの匂いではなく、三年という時間の中で少しずつ育てられてきた欲情が滲み出したような、甘く濃い香りだった。

男は舌を突き出し、タイツの上から中心を舐める。

濡れた生地が舌に貼りつき、ぐちゅりと鳴る音とともに引っ張られた。女は腰を軽くくねらせ、両手をソファの肘掛けに添えて握りしめる。

「あ……んっ」

男が指でタイツの裾を持ち上げると、冷たい空気が露わになった肌を撫でる。

白い肌が露わになり、その間に挟まれた花びらは薄紅に色づいていた。触れるとすぐに柔らかく綻び、中から透明な潤みを滴らせる。

男の指が敏感な突起を軽く押し当てると、女は全身をびくりと震わせた。

「ここ……変わらず弱いね」

男の声が低くなる。

一本の指が、じわりと小陰唇の間を滑り込んでいく。粘膜同士が擦れ合い、じくじくと湿った音が部屋に響く。女は目を見開き、瞳の中に男の顔だけを映し込んだ。その感触だけが、頭の芯を甘く痺れさせていく。彼女は相手の指の動きに合わせて、太腿を外側に広げていく。

二本目の指が滑り込むと、秘所は勢いよく収縮を繰り返した。

すでに溢れ出た愛液が指先を濡らし、ぐちゅぐちゅと音を立てる。女は仰け反りそうになり、背もたれに頭を預けた。胸のふくらみが激しく揺れ動く。男は指を秘所に埋めたまま、彼女に覆いかぶさるように身を乗り出した。やがて指をゆっくりと解き、もう片方の手でブラウスのボタンを一つずつ外していく感触を楽しみながら、豊かな胸を露わにする。たわわな胸をつまみ上げ、舌で乳首を舐めた。冷たい空気に触れた乳首が硬く立ち上がり、指先で弾かれると、女は高らかな声を上げる。

「ああっ……んん! ねえ、もっと……」

女の声に応えるように、男は一度身を起こし、秘所に埋めていた指をゆっくりと引き抜いた。ベルトを緩めて前をくつろげると、勃起しきったものが勢いよく飛び出す。先端からはすでに透明な液体が滲んでいた。

女の膝の間に体を割り込ませ、その太さを押し当てるように腰を寄せていく。

「入るよ」

男の声に合わせ、女が股を大きく開いた。

先端が内壁を押し広げる感触。圧迫感と熱が同時に走ると、女は唇を大きく開いて声を上げる。粘膜がぶつかり合う音が響き渡った。男は腰を打ちつけながら深くまで挿入し、女の内側をぐりぐりと掻き立てる。

「あ! はぁ……んっ!」

女は両手で男の肩を掴み、爪をスーツの生地に食い込ませる。

奥まで貫かれる感覚に、女の瞳孔が開いた。中から溢れ出す愛液が陰茎を滑らかに包み込み、ぐちゅり、ぐちゅりと粘着音を立てながら響く。男が腰を速く動かすと、女の内側の筋肉がペニスを飲み込むように収縮した。

「んっ! ふぁ……っ」

女の体が弓なりに反る。

突き上げるたびに、子宮口に近い場所をペニスが揺さぶった。それだけで女は舌をこぼし、意識が飛んでいくような感覚に襲われる。男は胸の柔らかさを揉みしめながら、腰を振り上げるたびに深い音を鳴らした。

「もっと……奥まで! ねえ!」

女の呼び声に応えるように、男のペースが速まる。

ソファが軋む音、足音が床を叩く音、体液が弾ける音。それらが誰もいない部屋の中で混ざり合い、一つの律動を刻んでいった。女は男の腕に顔を寄せ、彼の髪を掴んで自分の方へ引き寄せる。

「あぁっ……んんっ! ひゃっ!」

女の中で熱い塊が膨らんでいく。

精液の匂いが立ち上る直前、女の体が激しく痙攣した。内壁が陰茎を締めつける力が強まり、男は絶頂を待つように腰を止める。

しかし女は自ら腰を打ちつけ、奥まで吸い尽くそうとした。

「入れて……全部、ここに入れて」

男の呻きとともに、ペニスから熱い液体が噴き出す。

白濁した精液は、狭い膣内を埋め尽くし、外へと溢れ出た。女はその温かさに目を閉じ、全身の力が抜けていくのを感じていた。

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冷めた床に滲む二つの影

男が身体を引き抜くと、一緒に白い液体がぽたぽたと床に滴り落ちた。

女は崩れ落ちるようにソファに倒れ込み、胸が激しく起伏する。彼女の太腿の間からは、混ざり合った愛液と精液が流れ出していた。その湿った跡が黒いタイツを透かし、剥き出しの床に小さな水たまりを作る。

男が横に座ると、女はそっと男の腕の中に頭を預けた。

冷え始めたがらんどうの部屋で、二人の体温だけが熱源になっていた。女の髪から立ち上る体の香りと、残る精液の匂いが混じり合い、独特の安らぎを醸し出している。

「ねえ」

女が静かに口を開いた。

「母、最後に入院していたときね、こっそり耳打ちしてきたことがあるの。『あの人のこと、ちゃんと大事にしてあげなさい』って」

男の腕に、思わず力がこもる。

「気づいていたのか、あの人は」

「たぶん、ずっと前から。私たちが玄関先で長話をするたびに、目を細めてたもの」

女は小さく笑ったが、その声の端がかすかに震えていた。母を失った悲しみと、隠し続けてきたものを許されていたと知った安堵とが、同じ場所からこぼれ落ちてくる。

「明日には、ここも本当になくなるんだね」

女がぽつりと呟いた。三年分の足音も、鍋敷きの跡も、この壁が覚えている全部が、瓦礫と一緒に運ばれていく。

男は彼女の額に唇を寄せ、囁いた。

「部屋はなくなっても、大事にする。ここじゃなくても」

女は顔を上げ、男を見つめた。

「次は、明るいところで会いたい」

男は頷き、彼女の手をそっと握った。カーテンのない窓から、外灯の光だけが、じきに消えるこの部屋を静かに照らしていた。

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この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

今回は「積み重ねてきた時間」の集大成として、二人が三年間を過ごしたアパートそのものを、取り壊し前夜という舞台に選びました。場所そのものが翌朝には消えてしまうという設定にすることで、二人が積み重ねてきた時間の重みと、その場所と共にあった記憶の尊さを、より強く感じてもらえたらと思っています。 彼女の母が最初に二人を引き合わせ、やがて彼女ひとりが夕食を届けるようになり、去年の梅雨の看病の夜に一線を越える、という積み重ねの流れは変えず、母がすでに亡くなり、大家の仕事と老朽化した建物の処分を彼女ひとりが背負うことになった、という事情を新たに加えました。取り壊しという後戻りのできない出来事が、二人の一夜に切実さを与えてくれたと思います。 終盤の「あの人のこと、ちゃんと大事にしてあげなさい」という母の遺した言葉は、序盤で示した伏線を回収するために置いたセリフです。明日には跡形もなくなる部屋で交わされるこの言葉が、二人のこれから、少しずつ変わっていく関係の余地を示せていたら嬉しいです。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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