
峠を越える夜の助手席に滲む濁流の香り
毎年のお盆、沙耶の実家から自宅へ戻る深夜のドライブは、大学生の妹たちが寝入ったあとに二人だけの時間へと変わる夫婦の習慣になっていた。常夜灯を消す指先の合図、庭で妹たちに濡らされた服の代わりに纏った独身時代のレオタード。峠道の路肩で交わる二人と、それに気づきながらも黙って見守る妹の優しさを描く一編です。
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毎年のお盆、沙耶の実家から自宅へ戻る深夜のドライブは、大学生の妹たちが寝入ったあとに二人だけの時間へと変わる夫婦の習慣になっていた。常夜灯を消す指先の合図、庭で妹たちに濡らされた服の代わりに纏った独身時代のレオタード。峠道の路肩で交わる二人と、それに気づきながらも黙って見守る妹の優しさを描く一編です。
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病院帰りのスクラブ姿のまま、彼女が予約するのはいつも同じ、しゃぶしゃぶ店の奥の半個室。薄い布の仕切り一枚を隔てただけの空間で、彼女は迷いのない指先で彼の輪郭をなぞり始める。何度も確かめてきた形、覚えているほくろの位置。積み重ねてきた行為の一つひとつが、湯気の向こうで声を殺した情事へとなだれ込んでいく。
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窓から差し込む夕日が、アトリエの床に積もった埃を金色に染める。彼女がこの部屋の合鍵を渡しているのは、恋人であり同じ画塾出身でもある男ただひとり。互いの個展のたび作品を撮り合ってきた二人は、壁際に隠された一枚の未完成画をきっかけに、乾かない絵具の匂いの中で抑えていた熱をほどいていく。
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生け花教室で出会い、季節ごとの他愛もない会話を重ねるうちに深まっていた二人の距離は、夫たちの会社の家族慰安旅行の夜に指先で触れた足の冷たさをきっかけに、気づかないふりのまま積み重なっていた。夫の出張中、由美が誘ったキャンピングカーの車内で、由美はついに「あの夜の続き」を求めてくる。狭い車内に満ちる吐息と蜜、静まり返った山あいの空気の中に、人妻二人の禁断の熱がゆっくりと解き放たれていく。
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窓を伝う雨音だけが、静まり返った屋敷の中に響いている。二階の角部屋、義父のリハビリのためだけに整えられたこの部屋は、天井の間接照明が施術台の白いビニールシートを淡く照らし、消毒液特有の苦い匂いが壁際に並んだアロマオイルの甘さとせめぎ合っていた。…
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古い洋館の地下に眠るこの部屋は、かつて音楽室と呼ばれていた。地下特有の湿った空気に、コンクリート壁からにじむ土の匂いが混じり合う。天井の高い空間には、埃をかぶったレトロなシャンデリアがひとつ吊るされ、電球は頼りなく明滅しながら薄暗いオレンジ色の光を落としていた。黒く磨かれたタイルの床に、彼女の足音だけが小さく響く…
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四年前、着任したばかりの亮介の手から滑り落ちた盃には、小さな欠けが今も残っている。消灯後の見回り対決に負けた方が酒を注ぐという二人だけの習慣は、修学旅行のたびにこの欠けた盃を満たしてきた。今夜、志乃は来春の転任をまだ亮介に告げていない……
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使われなくなった中学校の黒板の隅に刻まれた「正」の字は、礼子と翔太が二人だけでこの教室を訪れた回数を示す密かな記録だ。夫を亡くした叔母を支えるうちに始まった逢瀬は、卒業から遠ざかったはずのセーラー服をもう一度纏わせるまでになっていた。来月に迫った校舎の取り壊しを前に、二人は最後の一画を書き足しに訪れる……
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看護の実習でいつも人の世話ばかりしている深雪は、性的指向のマッチングアプリで見つけた「医療プレイ」というプロフィールに惹かれ、半年前、産婦人科研修医の柊にメッセージを送った。毎晩二十三時、既読がつくまでの数分間を心待ちにする夜が積み重なり、今夜ついに二人は貸切の診察室で顔を合わせる。実習服に袖を通してきた深雪と、彼女が話したことを一つも忘れていなかった柊。冷たい金属の脚台に、二人の鼓動が移っていく……
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貸切露天風呂を併設したスパの個室は、蒸し暑い湯気に包まれていた。壁面のタイルは水滴でびっしりと濡れ、床には仄かに湯の匂いが漂う水たまりが広がっている。この部屋を貸し切るのは三度目だった。半年前、閉館間際の大学図書館で交わした立ち話から始まった二人の時間は、今夜また新しい約束を刻もうとしていた…
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