白無垢の帯が解ける夜

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指名客

OL時代の二年間、彼女はひそかにファッションヘルスで働いていた。生活費の足しにと始めたことだったが、気づけばそれが生活の一部になっていた。指名客は何人かいたが、彼だけが別格だった。

毎月第三日曜日の夜、必ず現れる男。大手商社に勤める三十代の既婚者で、着慣れたスーツと、余分なことを言わない落ち着きが印象的だった。初めての訪問のあと、次の予約を入れる際に「また君がいい」と言ったのが始まりだった。

彼はいつも、最初の三十分ほどを話すことに費やした。仕事のこと、疲れのこと、時おり世間話。彼女が飼い猫の名前を話せば翌月それを覚えてきた。すすめた本を読んできて感想を言ってくれた。指名客というより、定期的に会う知人のような錯覚すら覚えた。

それを本気にしてはいけないと、彼女は自分に言い聞かせていた。あくまで商売。あくまで演技。でも彼の来る夜だけ、少しだけ丁寧に化粧をしていたことに、どこかで気づいていた。

一年三ヶ月が過ぎた頃、婚約が決まった。彼に打ち明けたのは、何かを確かめたかったからかもしれない。

「おめでとう。幸せになってね」

それだけ言って、彼は笑った。笑みを浮かべながら、目は笑っていなかった。その夜が最後のつもりだった。

式場を後にした花嫁衣装のままの夜、彼女は夫のタクシーを見送り、スマートフォンを取り出した。登録名を変えてある連絡先を開き、指は迷わずメッセージを打っていた。

「今夜、時間ありますか」

返信は三分で届いた。「いつもの部屋で待ってる」

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帯が、ほどける

厚手のカーテンから漏れる柔らかな照明。琥珀色に沈んだ個室は、外の喧騒を完全に遮断していた。

白無垢のまま訪れた彼女を見た彼は、しばらく黙って立っていた。驚いたのか、あるいは予想していたのか、表情からは読み取れなかった。

「……式は、終わったの?」

「終わった」

「旦那さんは」

「新居で待ってる」

また沈黙が来た。でも不思議と、この間がいつも自然だった。一年以上をかけて築かれた、言葉のいらない間合い。彼女は膝をきつく揃えたままソファに腰かけ、男の視線を受け止めた。

「最後に、もう一度だけ」

声に出した瞬間、自分でも理由が分からなかった。夫への申し訳なさか。それとも彼への、ずっと言えなかった何かへのけじめか。

男が近づき、絹の帯結びにそっと手を添えた。するりと解ける感触に、彼女は息を呑む。白無垢の合わせが静かに開き、月光のような肌が露わになっていく。男の指先が衿元をひらくとき、彼女は目を閉じた。知っている温度だった。一年以上、どこかで待ち続けていた温度。

男の唇が首筋に触れると、低い声が耳元に落ちた。

「……ずっと、好きだった」

言葉が胸の奥で音もなく砕けた。

乳房が冷えた空気に晒され、乳首が硬く収縮した。男の口が覆いかぶさり、舌先が円を描く。ぞくりとした甘い痺れが背骨を伝い、腰から力が抜けていく。「やっ……」と漏れた声は、演技ではなかった。

白無垢の裾が束ねられ、太腿が開かれる。男の指二本が滑り込んだ瞬間、粘膜はすでに滲んでいた。指先で陰核をゆるく撫でられ、ぬめりつく熱が広がっていく。女の腰がみだりがましく揺れ始めた。

「……こんなになってる」

囁かれると、また恥ずかしくなった。長い付き合いのはずなのに、彼の前ではいつもこうなった。

男が立ち上がり、屹立した陰茎が露わになる。脈打つ血管、先端から滲む透明な粘液。彼女は自ら身を寄せ、咥え込んだ。温かく湿った口腔が包み込み、吸い上げるたびに硬さが増す。ぐちゅりと鳴る音と共に、唾液が糸を引いた。

「上手い……さすがだ」

「……やめて、そういうの」

口を離して彼女が言う。男は少し黙って、それから「ごめん」と言った。その素直さが、たまらなかった。

男は彼女の上に覆いかぶさり、恥丘の上に先端を当てた。熱い感触に、腰がぴくっと跳ね上がる。

「いい?」

一年以上、いつも確認してから入ってきた。それだけで、もう胸が痛かった。

「……いい」

男の腰が緩やかに沈む。狭い入口をくさびのように押し広げられ、粘膜が波打つ。奥まで入り切った瞬間、彼女は息を詰めた。知っている圧迫感。知っている温もり。でも今夜は、何かが違った。知っているのに、涙が出そうだった。

最初はゆっくりと律動が始まる。奥底まで届くたびに、声が抑えきれなかった。男の両手が腰をしっかりと掴み、ドクドクと脈打つ鼓動が全身に伝わる。ギシギシと軋むソファ、ぐちゅぐちゅと鳴る体液の音、かすれた喘ぎ声が重なり合う。

「あ……ああっ! 深くて……頭が……」

腰が激しく動き出し、腹部全体が硬直する。汗ばんだ肌が滑り合い、甘い香りが濃厚さを増す。唇の端から喘ぎが絶え間なく溢れ、指はソファの生地を白く掴んでいた。

「もっと……全部ちょうだい……!」

男の動きが速まる。電気のような痺れが脚の付け根から首筋まで走り、内壁がより一層柔らかくなって収縮を繰り返した。

「……好きだよ。ずっと」

腰を打ち付けながら、また言った。今度は聞かなかったふりができなかった。

「……私も」

声に出したのは初めてだった。ずっと、言えなかった言葉だった。

やがて男の腰が止まる。全身に力を込めたまま、深い奥へ精液を放つ瞬間だった。腹の奥が満たされていく感覚の中で、彼女は絶頂を迎えた。全身が震え、意識が遠のき、愛液と精液が深い奥から溢れた。

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新妻の仮面、消えない渇望

射精の余韻の中、男は彼女をしっかりと抱き寄せた。汗に湿った肌がぴたりと重なり合ったまま、つながった場所から熱がそろそろと引いていく。彼女は男の背中に腕を回し、顔を埋めた。このままでいたかった。ずっと、このままで。

「……おめでとう、新しい奥さん」

感情を押し殺したような、乾いた声だった。

喉が詰まって、声にならなかった。薬指の結婚指輪が、男の背中に当たっているのが分かった。

やがて男が静かに腰を持ち上げ、密着していた肌がぬるりと剥がれる。冷たい空気が滑り込み、二人は微かに身震いした。彼女は乱れた掛下の衿元を整え、帯を自分で結び直した。鏡の中の自分は、どこから見ても花嫁だった。

「これで本当に……最後の指名よ」

男は何も言わなかった。ただ微かに笑って、ネクタイを結び直した。

その笑いが「そうだね」なのか「嘘だ」なのか、一年以上経った今も、彼女には分からない。

外へ出ると、夜の空気が白無垢に染みた男の体温をゆっくりと奪っていく。スマートフォンに夫からのメッセージが届いていた。「まだ? 待ってるよ」

彼女は返信を打ち、タクシーを拾った。

純白の着物に染み込んだ体温と、下腹部に残るずっしりとした余韻は、消えることがないだろう。貞淑な妻の仮面をかぶりながら、またいつかあのドアを叩くであろう自分が、もう見えていた。

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この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

今回もっとも大切にしたのは、『二人の間にある時間の重さ』でした。一年以上の定期的な関係の中で積み重なった、言葉にならない親密さ。毎月第三日曜日に現れる男、飼い猫の名前を覚えてくる男。その細やかさが、商売と割り切れないものを生んでいく。 帯が解けていく瞬間は、ただ衣装が脱がされる場面ではなく、封印してきた感情が溢れ出す瞬間として描きたかった。絶頂の直前に置いた「好きだよ」「私も」という短いやりとりに、一番力を込めています。一年越しの告白が、快楽の渦の中でしか言えなかったという皮肉と甘さを感じてもらえたら嬉しいです。 結婚指輪をはめたまま別の男の背中に抱きつく構図には、残酷さと甘美さが同居しています。「これで最後」という言葉が嘘くさいことを自分で一番わかっている彼女の複雑さが、最後の一文に滲んでいればと思います。読んでいただきありがとうございました。

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