梅雨の夜に彼女の部屋で境界を越える

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半年間の、なんでもない日々

半年が経っていた。

出会いは昨秋の歓迎会だった、彼女が中途入社してきた夜、幹事が仕切ったビアガーデンで、彼は何気なく「乾杯の音頭、よかったら」と声をかけた。初対面の人間に平然とマイクを渡す男に、彼女は苦笑いしながらも、臆さずグラスを掲げた。その時の声が、ずっと耳の奥に残っている。

それからは、特別なことは何もなかった。そう言えれば嘘にならないが、積み重なった「なんでもないこと」が多すぎた。

残業続きだった十一月、社内で一番最後まで残った夜、二人で分け合ったコンビニのおでん。「こんな時間に食べたら太る」と言いながら、彼女はぺろりと平らげた。三月の締め切り前、徹夜に近い状態でミスを見つけた時、何も言わず隣に座って修正作業を手伝ってくれたこと。エレベーターで二人きりになった時の、一瞬だけ空気が変わる感覚。

連絡のやり取りも増えていた。最初は仕事の確認だったはずが、いつしか「今日のランチどうする」「このドラマ見た?」という内容に変わっていった。深夜に送ったくだらないスタンプに、すぐ既読がついて同じくだらないスタンプが返ってくるのが、少しずつ癖になっていた。

二人きりで会おう、と言えないまま、でもそれに近いことは何度もしていた。会社帰りに駅前の立ち飲みに寄ったこと、休日に同じ展示会に行ったこと。口実はいつも自然で、だからこそたちが悪かった。

梅雨に入って、雨が続く週があった。傘を忘れた彼女に、彼は黙って折りたたみを差し出した。「返さなくていいよ」と言ったくせに、翌日「返してね」とメッセージを送ってきた。彼女は笑いながら、それを既読無視した。

そして今夜。終電を逃したという連絡が、二十三時を過ぎた頃に届いた。「近くにいる?」という一言が、返信より先に来た。

その瞬間、彼は半年分の逡巡を全部畳んだ。「来る?」と、たった三文字だけ打った。

梅雨時の湿気を帯びた空気が、古いアパートの室内を満たしていた。窓ガラスには靄が立ち込め、外の世界をぼかすように白く曇る。換気扇の低い唸り声だけが、重苦しい静寂を切り裂いて響く。

二人きりで部屋にいるのは、今夜が初めてだ。雨で終電を逃したという理由が口実に過ぎないことを、お互いに知っていた。知っていて、それでも言葉にしなかった。

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沈香の香りの中で、半年分が溶けていく

彼女はベッドサイドの棚で、小さな瓶のキャップを回した。パチリという乾いた音と共に開けられた蓋から、甘く濃厚な香りが放たれる。熟れた果実のような甘い香りと、微かに沈香を思わせる奥深いニュアンスが混ざり合った匂いだった。

「好きな香りなの」と彼女が言った。「ずっと前から使ってる」

彼は、思い当たることがあった。会議で隣になった時、ふと漂ってきたあの香り。それが彼女のものだと知らずに、何度か探していた自分がいた。

隣でシャツのボタンを外していた彼が、その香りに鼻を鳴らした。視線は彼女の鎖骨から胸元へと滑り落ち、最後に腰回りで止まった。

「……そんな顔しないで」

「どんな顔?」

「わかってるくせに」

彼女は俯きながら言った。半年間、わかっていた。わかっていて、二人ともずっと先延ばしにしていた。

男の手が、彼女の肩にそっと触れた。その手のひらの温度を、彼女は初めてちゃんと感じた気がした、いつも書類を渡す時は、指先が触れないように気をつけていたから。

衣服の裾が持ち上がり、続けて引き下げられた下着が床へ落ちた。白く滑らかな太ももが露出する。

「……はい」

彼女は小さく頷いた。背中を丸めて膝を開く。その姿勢の中に、半年分の遠慮が溶けていくのを感じた。

男の指先が内股を這い上がり、秘所の入口を探る。触れた瞬間、彼女の身体はびくんと跳ねた。冷たい空気に晒された粘膜が、一瞬だけ縮むが、すぐに温かい掌の熱に溶けていく。

男は躊躇せず、人差し指を押し込んだ。

くちゅりと濡れた音が鳴る。指先まで入ると、緩慢な円運動で内壁を撫で上げる。柔らかい肉芽が指を包み込み、吸着するように引き寄せる。彼女の唇から漏れるのは、小さなため息ではなく、喉の奥から絞り出されるような唸り声だった。

「もっと、深く……」

男が二本目の指を加えると、彼女は腰を持ち上げた。陰核への刺激が電流のように背筋を走り、意識が真っ白に灼けていく感覚。視界がじわりと霞んだ。

『ずっと、こうだったらよかった。』

隣の席で、話しかけるたびに意識して視線を外していた時間が、今夜だけ全部ほどけていく。

男は立ってズボンを脱ぎ捨てた。硬く昂ぶった彼のものが跳ね上がり、先端には熱い滴りが輝いていた。彼は彼女の上に跨り、股間を密着させる。硬いものと柔らかな粘膜が擦れ合い、熱い摩擦の感触が彼女の内側へと広がる。

「んあっ!」

男の一撃で、彼女は背中に反り返った。彼のものが彼女の奥を捉え、最奥まで突き刺さる。膨張した彼の膨らみが入り口を広げながら、内壁を擦り上げる。異物感と満ち足りた感覚が同時に襲来し、彼女は両手でシーツを絞った。

男は腰を振り立てた。重低音と共に、彼の熱いものは浅いところから最深部までを往復する。ぬめりを増した愛液が、結合部から溢れ出し、太腿を伝ってベッドを濡らす。粘り気のある甘い滴りと、ぐちゅぐちゅと鳴る混濁の音が重なる。

沈香の香りが部屋に満ちる。彼女はその香りの中で、頭の中にある全てのことが白くなっていくのを感じた。仕事のこと、明日のこと、同僚としての立場のこと、全部、どうでもよかった。

彼女の視界が回転する。男の汗ばんだ胸板が揺れ動く影の中に、彼の見開いた目が燻っている。高ぶりが臨界へと押し寄せ、何かが決壊する寸前の感覚が全身を支配した。シーツを握り締めていた手を解いた彼女は、男の肩にしがみつき、牙を立てるようにむしゃぶりついた。

「もっと……あなたでいっぱいにして……奥まで!」と彼女は喘ぎながら叫んだ。

男の声が荒くなる。振動数が上がり、激しい打ち付けが増す。波濤が岩壁を砕くような衝撃が、全身の骨を揺さぶる。秘所は痙攣するように収縮し、奥の感覚が頂点へとせり上がる。

男も限界に達したようだ。腰の動きが不規則になり、最後の一撃で彼女の最奥へ熱い迸りを放った。灼熱の液体が内膜を焼き、全身に痺れを走らせる。彼女は深い痺れに貫かれながら、男の名を叫びつつ身体を震わせた。

雨の音に包まれる密室の余韻の中、男は彼女の汗ばんだ肩をしっかりと抱き寄せ、そっと寄り添った。呼吸の名残と共に肌がふたつ重なったまま、繋がりの内側からじわりと火照りが引いていくのがわかる。彼女は男の背中に回した腕に力を込め、このままずっと繋がっていたいと願うように顔を埋めた。しばらくして彼が身を起こすと、貼りついていた肌がふわりと離れ、絡み合っていた体がやんわりとほどけていった。その瞬間に室内の少し冷えた空気が滑り込み、二人は微かに身震いした。

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沈香の香る部屋での、雨宿りの終わり

「この香り、ずっと消えなければいいのに」

ベッドの脇で空になった沈香の瓶を見つめ、彼女は呟いた。

「あの……去年の冬の会議の時から」と彼が言った。「隣に座ると、いつもこの匂いがして」

彼女が顔を上げる。「……気がついてたの」

「ずっと、なんの香りかと思ってた」

窓の外では雨がまだ降り続いていた。男は彼女の濡れた髪をやさしく撫でながら、外の景色を眺めた。ただの同僚としての「雨宿り」だったはずの夜は、この部屋の湿気と沈香の香りと共に、二人の境界線を永久に溶かしてしまった。

「明日会社で、この香りが僕から漂ったらバレちゃうね」

男の冗談混じりの言葉に、彼女は悪戯っぽく微笑んで彼の胸に顔を埋めた。

「バレてもいいよ、別に」

「……そんなこと言っていいの」

「ずっと思ってたんだもん」

彼女は笑わなかった。真剣な目で、彼の顔を見上げた。半年間、遠回りしながら近づいてきた二人の時間が、今夜ここで、ようやく一つの場所に辿り着いた気がした。

雨はまだ降り続けていたが、二人の心はもう雨上がりのように晴れやかだった。

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この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

この作品を書く上で一番こだわったのは、「半年間の積み重ね」をどう描くかでした。激しい場面よりも、その前の時間、コンビニのおでんを分け合った夜や、傘を渡してやっぱり返してと言い直した小さなやり取り、に、二人の関係の核心があると思っています。 沈香の香りはただの小道具ではなく、彼女がずっとまとっていたもの。それに彼がずっと気づいていたという一言が、半年分の「意識していた」ことの証拠になればと。梅雨特有のねっとりとした閉塞感の中で、先延ばしにしてきた気持ちがついに溶け出す瞬間、その高揚感と切なさが伝わっていたら嬉しいです。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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