#禁断の恋

三年間二歩後ろにいた男の名前を初めて呼ぶ

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蜜の重み、鏡に映る二人の軌跡

三年前の秋、専属ボディガードとして津崎修が初めて姿を現したとき、私はまだ彼のことを仕事の一部として受け取っていた。

背丈は私より頭ひとつ高く、スーツの下に隠れた体つきは鍛えられているが威圧的ではない。所属事務所の担当マネージャーから「本日より専属として同行します」と告げられ、彼は軽く頭を下げた。津崎修、とあとで名刺を見て知った。それだけのことだった、のはずだった。

彼はいつも正確に二歩後ろに立った。

スタジオ撮影の合間も、試写会の廊下も、深夜のロケバスの中も。言葉は最低限だった。「準備ができました」「移動の時間です」「この経路は使えません」。それだけ。感情を一切差し挟まない、静かで確実な存在。

気になりだしたのは、いつからだろう。

ある冬の夜、深夜ロケが終わって凍った駐車場を歩いていたとき、わずかに足首を取られた。彼の手が瞬時に伸びてきた、しかし、寸前で止まった。「怪我は、ありませんか」という声だけが届いて、体には触れてこなかった。そのとき私は、止まった手の輪郭を想像してしまった。届きそうで届かない、温もりのことを。

翌年の春、地方ロケの前夜。全員が眠るホテルのロビーで、私一人が台本を読んでいた。深夜に差し掛かった頃、視線を感じて顔を上げると、彼が少し離れたソファで静かにこちらを見ていた。目が合った。彼はすぐにそらした。私も前を向いた。でも台本の文字は、しばらく目に入らなかった。

一度だけ、彼が先手を打ったことがある。激しいスケジュールが続いた夏、撮影の合間にふらりとスタジオの隅に座り込んだ私の傍に、彼は無言でペットボトルのぬるいお茶を置いていった。会話らしい会話は、なかった。何も言わず、すぐに持ち場に戻った。私は笑いをかみ殺した。笑いながら、泣きそうだった。

三年間。私たちは何百時間も同じ空間にいて、しかし彼は一度も私の名前を呼ばなかった。

そのことが、どれだけ私を苦しめたか。そして、どれだけ、この感情を深くしたか。

今日はブライダル誌の撮影だった。白いウェディングドレスに身を包み、カメラに向かって微笑むたびに、胸の奥が息苦しかった。衣装の重さと、三年間抱えてきた胸の重さが、今日ほど重なって感じられたことはなかった。

最後のスタイリストが荷物をまとめてドアを閉めたとき、フィッティングルームに静寂が戻ってきた。

彼と、二人きりになった。

天井の間接照明が柔らかく落ち、三つ折りの大型ミラーが私を映している。その鏡の中に、彼もいた。黒いスーツの彼が、いつもより少しだけ近く。

視線が、絡んだ。

三年間、目が合うたびに彼は視線をそらした。でも今日は、どちらも、目をそらさなかった。

「……いいですか」

低い声が、室内に静かに落ちた。それだけで、問いの意味はわかった。私は鏡の中で彼を見たまま、ゆっくりうなずいた。

彼が近づいてきた。その歩みは、ゆっくりと、確かだった。背後に回り込んだ両手が、私の腰にそっと触れる。

三年間、二歩後ろに保ち続けた距離が、ゼロになった。

大きな手の温もりが、ドレス越しに滲み込んでくる。あたたかかった。想像より、ずっとあたたかかった。

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鏡に映る情熱の軌道

指先が背中のファスナーを探り当て、ゆっくりと引き下ろされていく。

衣装の重みがほどけるにつれ、胸を締め付けていた息苦しさも溶けていく。上半身を覆っていた白い生地が音もなく腰へと滑り落ち、冷えた空気が露わになった肌に触れた。小さく息をのむ。

彼の両手が前に回り込んだ。胸の膨らみを包み込む掌が、その重みをたしかめるように動く。指先が頂きへと向かい、ゆっくりと円を描く。硬くなった蕾が、熱い感触にうっとりと震える。

「ん……っ」

堪えようとした声が、唇の隙間からこぼれた。三年間、この人の前では感情すら見せないようにしていた。なのに、こんな声が。

鏡の中の自分を、直視できなかった。

赤らんだ頬。潤んだ目。ドレスをはだけさせられながら、彼の手の中に委ねられている自分。女優として磨いてきた表情など、どこにも残っていなかった。無防備で、正直で、こんなにも欲しがっている顔をしていた。

彼の唇が首筋に降りてきた。

三年間、傍にいながら決して触れてこなかったその唇が、うなじから肩甲骨の間をゆっくりとたどる。ぞくりとした震えが背骨を走り、思わず背がそりかえった。

「っ……」

彼の手がドレスのスカートをおもむろに持ち上げ、太ももの内側へと伸びていく。薄い下着の端を指先でそっと押しずらし、湿った熱のある場所を見つけた瞬間、膝の力が抜けた。

「あ……」

内腿を締めようとすると、彼の手はそれを許さない。指先がゆっくりと、しかし確かな圧で、私の最も奥深い部分を探り始める。もどかしさと甘い痺れが同時に押し寄せ、ミラーのガラス面に額を預けた。

「ふ……っ、……」

静かなフィッティングルームに、乱れた息づかいだけが広がっていく。

彼は指を離し、腰まで滑り落ちていたドレスを完全に引き下ろした。白い生地が音もなく床に広がり、私の全身が露わになる。彼もスラックスを下ろし、静かに背後に寄り添った。腰が密着し、熱いものが入り口に押し当てられる。

「……」

受け入れた瞬間、声にならない声が喉に詰まった。

充足感が、奥の奥まで満ちてくる。三年間ずっと遠かった距離が、今この瞬間だけ完全に埋まっている。彼の腰の動きはゆっくりで、しかし深かった。引いては戻る波のように、私の内側をゆっくりと満たしていく。

ミラーの中に、二人の姿が映っていた。乱れた髪。赤く染まった肌。ガラスに張りついた私の指先。鏡の光の中で、まるで一枚の絵画のように鮮明だった。

彼の動きが、少しずつ激しさを増していく。前に回った手が秘所の最も敏感な場所をなぞり始め、二つの快楽が重なって頭の奥が白く霞む。

「あぁ……っ、もっと……奥まで」

本当は飲み込むはずの台詞だった。でも口をついて出た。彼の腰の動きが、さらに深くなった。ミラーに両手を強く押しつけながら、三年間抑え込んできた何かが、少しずつほつれていく。声を殺そうとしても殺しきれなかった。

そのとき、彼の唇が耳元に寄せられた。

「しほ……」

三年間で、初めてだった。

私の名前。

たった二文字が、全身を貫いた。喉が詰まる。目の奥が熱くなる。三年間ずっと、この人の口から私の名前を聞きたかった。ただそれだけのことが、どれだけ遠かったか。

堰が切れた。

「あぁ……!」

白い光が視界に広がり、全身が大きく震えた。波が引くように長い余韻が広がっていく。少し遅れるように、彼も深く息をのみながら、最後の熱を私の奥へと満たした。

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静寂に溶ける余韻

長い沈黙が、部屋を満たした。

乱れた呼吸が落ち着くにつれ、夕暮れのフィッティングルームに静寂が戻ってくる。彼はゆっくりと体を離したが、腕だけは放さなかった。後ろから抱き込まれたまま、額が私の肩にそっと預けられる。

その重みが、あたたかかった。

三年間、いつも二歩後ろにあったはずの体温が、今は肩越しに伝わってくる。護衛と女優の間にある沈黙では、もうなかった。

ゆっくりと目を開けると、鏡の中に二人が映っていた。

乱れた髪、赤みの残る肌、彼の腕の中に収まった自分の顔。こんなにも無防備で、こんなにも満ち足りた表情をしているのかと、他人を見るような目で鏡の中の自分を見つめた。

床には白いドレスが広がっている。脱ぎ捨てた純白の衣装は、今はただの布に見えた。仕事として纏った花嫁の装いと一緒に、三年間保ち続けた距離も、すべてそこに置いてきたような気がした。ここにあるのは、私と彼だけだ。

「しほ」

彼が、もう一度名前を呼んだ。

「隣にいさせてくれ。もう、後ろには戻れない」

いつも言葉を選ぶこの人が、震える息の中でそう言った。三年間の時間が、その短い一文に凝縮されている気がした。

目の奥が熱くなった。

「……遅かったわよ」

声が少し震えた。笑いながら言ったつもりが、うまくいかなかった。

「三年も、かかって」

彼の腕がきつく引き絞られた。それだけが、答えだった。

鏡の中で、二人の目が合う。泣きそうな顔をしている自分の目元に、彼がそっと唇を寄せてくる。

蜜のように甘く、重かった三年間が、今この瞬間、二人の軌跡として結ばれた。

この物語は完全なフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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作者より月森 潤

月森 潤

三年間、名前すら呼ばないという距離感にこだわりました。プロとしての理性が崩れる瞬間こそが、TL小説の醍醐味だと思っています。フィッティングルームの静寂と鏡に映る視覚的な情景を掛け合わせて、密室ならではの濃密な空気を演出したかったんです。 特に、ずっと二歩後ろにいた彼が初めて名前を呼ぶシーンは、感情の堰が切れる瞬間として丁寧に描きました。冬の駐車場でとっさに手を伸ばして止めたこと、ロビーでの深夜の視線、ぬるいお茶のエピソード、こういった小さな積み重ねが、あの「しほ……」の一言の重さを作ると信じています。ウェディングドレスという純白の象徴を脱ぎ捨てて、剥き出しの感情に溺れる二人の対比がうまく表現できていれば嬉しいです。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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